第1章 生命の起源と細胞の進化

細胞の進化
─ 原核細胞から真核細胞へ

最初の生命は、核ももたない単純な原核細胞でした。
では、私たちの体をつくる複雑な真核細胞は、どのようにして生まれたのでしょうか。
その鍵を握るのは、意外にも「異なる生物どうしの共同生活」でした。

1酸素の登場 ─ 地球環境を変えた光合成

前の記事(1-1)で見たように、最初の生命は約40億年前に誕生した嫌気性の原核生物でした。 当時の地球の大気には酸素がほとんど含まれておらず、最初の生物は酸素を使わない方法でエネルギーを得ていました。

シアノバクテリアの登場

やがて、光エネルギーを使ってCO2とH2Oから有機物を合成する光合成細菌が出現しました。 なかでも重要なのが、約27億年前に繁栄したシアノバクテリアです。

シアノバクテリア以前にも光合成を行う細菌は存在しましたが、それらは硫化水素(H2S)などを利用しており、酸素を発生しませんでした。 シアノバクテリアは水(H2O)を分解して酸素(O2)を放出する光合成を獲得した最初の生物です。

大気の酸素濃度の上昇

シアノバクテリアが大量に放出した酸素は、最初は海水中の鉄イオン(Fe2+)と反応して酸化鉄として沈殿しました。 これが約27億年前以降の地層に見られる縞状鉄鉱床の起源です。

海水中の鉄が使い尽くされると、酸素は大気中に蓄積し始めました。 約24〜22億年前に起きた急激な酸素濃度の上昇を大酸化イベントといいます。 この変化は、当時の嫌気性生物にとって致命的でしたが、一方で酸素を利用して効率よくATPを合成できる好気性生物が繁栄する契機となりました。

さらに、大気中の酸素からはオゾン層が形成され、有害な紫外線が遮られるようになりました。 これが、やがて生物の陸上進出を可能にします。

ポイント:酸素がもたらした3つの変化
  • 縞状鉄鉱床の形成 ── 海水中のFeが酸化されて沈殿
  • 好気性生物の繁栄 ── 酸素を使い効率よくATPを合成
  • オゾン層の形成 ── 紫外線を遮り、陸上進出を可能に

2真核細胞の誕生 ─ 細胞内共生説

約20億年前、原核細胞とは根本的に異なる真核細胞が誕生しました。 核膜に囲まれた核をもち、ミトコンドリアや葉緑体などの膜性の細胞小器官を備えた細胞です。 この複雑な細胞は、いったいどのようにして生まれたのでしょうか。

細胞内共生説とは

現在最も有力な仮説が、マーグリス(マーギュリス)が提唱した細胞内共生説です。 この説によると、真核細胞は大きな原核細胞が小さな原核細胞を取り込み、共生関係を築くことで誕生しました。 まるで「ルームシェア」のように、別々の生物が1つの屋根の下で暮らし始めたのです。

ミトコンドリアの起源

古細菌に近い大きな嫌気性の原核細胞が好気性細菌を取り込みました。 取り込まれた好気性細菌は消化されずに細胞内で生き続け、宿主に酸素を使った効率的なエネルギー生産を提供しました。 この共生関係がやがて不可分なものとなり、好気性細菌はミトコンドリアへと進化したと考えられています。

葉緑体の起源

ミトコンドリアを獲得した真核細胞の一部が、さらにシアノバクテリアを取り込みました。 取り込まれたシアノバクテリアは葉緑体へと進化し、宿主に光合成の能力をもたらしました。 こうして誕生したのが、植物や藻類の祖先です。

ミトコンドリアと葉緑体が細胞内共生に由来するといえるのか
どちらも独自のDNA(環状DNA)をもち、独自に分裂して増殖する
どちらも二重の膜で包まれている(外膜=宿主由来、内膜=もとの細菌由来)
リボソームのサイズが70Sで、真核細胞の80Sより原核細胞と同じ
DNAの塩基配列を比較すると、ミトコンドリアは好気性細菌と、葉緑体はシアノバクテリアとそれぞれ近縁
ポイント:細胞内共生説の4つの根拠
  • ミトコンドリア・葉緑体は独自のDNA(環状)をもつ
  • 二重膜で包まれている(外膜=宿主由来、内膜=細菌由来)
  • リボソームが70S(原核細胞と同じ。真核細胞の細胞質は80S)
  • DNA配列が好気性細菌 / シアノバクテリアと近縁
発展:「二重膜」の由来を整理する 生物

ミトコンドリアと葉緑体が二重膜をもつ理由は、取り込まれた過程から説明できます。宿主の細胞が食作用で細菌を取り込んだとき、宿主の細胞膜が細菌を包み込みます。これが外膜の起源です。一方、取り込まれた細菌がもともともっていた細胞膜が内膜として残りました。つまり、二重膜の構造そのものが「取り込まれた」という歴史の痕跡なのです。この理解は、「なぜ二重膜か」という入試頻出の問いに直結します。

3多細胞生物の出現 ─ 「チーム」で生きる戦略

真核細胞が誕生してからしばらくは、単細胞の真核生物が海の中で暮らしていました。 やがて約10億年前、複数の細胞が集まって1つの個体をつくる多細胞生物が出現しました。

多細胞化には大きな利点がありました。 1人で何でもこなす「個人事業主」から、役割を分担する「チーム」に変わることで、より大きく、より複雑な体をつくれるようになったのです。 細胞ごとに異なる機能をもつ──この細胞の分化が、多細胞生物の可能性を大きく広げました。

カンブリア爆発

約5.4億年前のカンブリア紀には、現在知られている動物の主要な門(体のつくりの基本パターン)がほぼすべて出そろいました。 比較的短い期間に爆発的に多様な動物が出現したこの現象をカンブリア爆発といいます。

時期(約)できごと
40億年前最初の生命(嫌気性の原核生物)
27億年前シアノバクテリアの繁殖 → 酸素の蓄積開始
24〜22億年前大酸化イベント(大気中の酸素濃度が急上昇)
20億年前真核生物の出現(細胞内共生)
10億年前多細胞生物の出現
5.4億年前カンブリア爆発(動物門の多様化)
4.7億年前植物の陸上進出

4この章を俯瞰する ─ 細胞の進化と地球環境の共進化

この記事では、酸素の登場、細胞内共生による真核細胞の誕生、そして多細胞生物の出現を学びました。 重要なのは、生物の進化と地球環境の変化が互いに影響を与え合ってきたということです。 シアノバクテリアが酸素をつくり、酸素が好気性生物を可能にし、好気性生物の共生が真核細胞を生んだ──この連鎖を押さえておきましょう。

この章と他の章のつながり

他の章へのつながりマップ

  • 細胞の構造 → 4-2「細胞の構造」:真核細胞の細胞小器官(ミトコンドリア・葉緑体・小胞体・ゴルジ体など)を詳しく学ぶ。共生説の根拠となる二重膜構造も確認。
  • 呼吸 → 5-2, 5-3「呼吸のしくみ」:ミトコンドリアが行う好気呼吸(解糖系→クエン酸回路→電子伝達系)の詳細。共生の「見返り」であるATP合成。
  • 光合成 → 5-5, 5-6「光合成のしくみ」:葉緑体が行う光合成の詳細。シアノバクテリアが獲得した酸素発生型光合成のしくみ。
  • DNA → 6-1「DNAの構造」:ミトコンドリアと葉緑体が独自のDNA(環状)をもつことの意味。核のDNAとの違い。
  • 系統と分類 → 3-2「3ドメインと生物の多様性」:細菌・古細菌・真核生物の3ドメイン分類。原核生物の中にも大きな多様性がある。

5まとめ

  • シアノバクテリアが水を分解する酸素発生型光合成を獲得し、大気中に酸素が蓄積した
  • 約24〜22億年前の大酸化イベントで大気の酸素濃度が急上昇した
  • 酸素の蓄積により好気性生物が繁栄し、オゾン層が形成された
  • 細胞内共生説マーグリス):大きな原核細胞が好気性細菌を取り込み → ミトコンドリアに進化
  • さらにシアノバクテリアを取り込み → 葉緑体に進化
  • 根拠は①独自のDNA(環状)②二重膜70SリボソームDNA配列の近縁性
  • 約10億年前に多細胞生物が出現、約5.4億年前にカンブリア爆発で動物門が多様化

6確認テスト

この節で学んだ基本事項を確認しましょう。

Q1

大気中の酸素濃度を上昇させたのは、どのような生物のどのようなはたらきか。

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解答

シアノバクテリアの酸素発生型光合成です。シアノバクテリアは水(H₂O)を分解して酸素(O₂)を放出する光合成を行い、大気中の酸素濃度を上昇させました。

Q2

細胞内共生説の根拠を4つ挙げよ。

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解答

①ミトコンドリア・葉緑体が独自のDNA(環状)をもつ。②二重の膜で包まれている。③リボソームが70S(原核細胞と同じ)。④DNA塩基配列を比較すると、ミトコンドリアは好気性細菌と、葉緑体はシアノバクテリアと近縁。

Q3

ミトコンドリアと葉緑体のうち、先に獲得されたと考えられるのはどちらか。理由とともに答えよ。

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解答

ミトコンドリア。すべての真核生物がミトコンドリア(またはその痕跡)をもつのに対し、葉緑体をもつのは植物と藻類だけです。このことから、先にミトコンドリアが獲得され、その後の一部の系統で葉緑体が追加で獲得されたと考えられます。

7入試問題演習

この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

1-2-1 A 基礎 知識 穴埋め

次の文中の空欄( ア )〜( カ )に入る適切な語句を答えよ。

約27億年前に繁栄した( ア )は、水を分解して( イ )を放出する光合成を行った。大気中に蓄積した( イ )から( ウ )層が形成され、有害な紫外線が遮られるようになった。 真核細胞の誕生について、大きな原核細胞が好気性細菌を取り込んで( エ )が、シアノバクテリアを取り込んで( オ )が生じたとする仮説を( カ )説という。

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解答

ア:シアノバクテリア イ:酸素(O2) ウ:オゾン エ:ミトコンドリア オ:葉緑体 カ:細胞内共生

解説

シアノバクテリアは酸素発生型光合成を行う原核生物です。その光合成によって大気中に蓄積した酸素からオゾン層が形成されました。細胞内共生説では、好気性細菌がミトコンドリアの、シアノバクテリアが葉緑体の起源とされています。

B 標準レベル

1-2-2 B 標準 論述

細胞内共生説に関する次の問いに答えよ。

(1) ミトコンドリアと葉緑体が細胞内共生に由来することを支持する根拠を、「DNA」「膜」「リボソーム」の3語を用いて80字以内で述べよ。

(2) 真核生物の誕生が大気中の酸素濃度の上昇と関係していると考えられる理由を、「好気性細菌」「ATP」の2語を用いて60字以内で述べよ。

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解答

(1) ミトコンドリアと葉緑体は独自の環状DNAをもち、二重膜で包まれ、リボソームが原核細胞と同じ70Sであることから、もとは独立した原核生物と考えられる。(72字)

(2) 酸素濃度の上昇により好気性細菌が繁殖し、それを取り込んだ原核細胞が酸素を用いて効率よくATPを合成できるようになったため。(60字)

解説

(1) 細胞内共生説の根拠は大きく4つありますが、この問題では「DNA」「膜」「リボソーム」の3語指定なので、DNA配列の近縁性(4つ目の根拠)には触れず、指定語を確実に使って書きます。

(2) 宿主の嫌気性原核細胞は酸素を利用できませんでしたが、好気性細菌を取り込むことで酸素呼吸の能力を獲得しました。酸素を使った呼吸は発酵に比べてはるかに多くのATPを合成できるため、真核細胞は大きな細胞を維持するのに十分なエネルギーを得られるようになりました。

採点ポイント((1)の論述・8点満点の場合)
  • 独自のDNA(環状)をもつことに言及(2点)
  • 二重膜で包まれていることに言及(2点)
  • リボソームが70S(原核細胞と同じ)であることに言及(2点)
  • もとは独立した原核生物であったという結論(2点)

C 発展レベル

1-2-3 C 発展 実験考察 論述

次の文を読み、あとの問いに答えよ。

ある研究者が、真核生物の核ゲノムにコードされている遺伝子Xと、ミトコンドリアゲノムにコードされている遺伝子Yについて、さまざまな生物種の相同遺伝子の塩基配列を比較し、それぞれ遺伝子系統樹を作成した。

(1) 遺伝子Xの系統樹では、真核生物どうしが近縁となった。一方、遺伝子Yの系統樹では、真核生物のミトコンドリアの遺伝子はある特定の原核生物グループと近縁になった。この原核生物グループは何か。

(2) (1)の結果は細胞内共生説をどのように支持するか。60字以内で述べよ。

(3) すべての真核生物がミトコンドリア(またはその痕跡的な構造)をもつが、葉緑体をもつのは一部の真核生物に限られる。この事実から、ミトコンドリアと葉緑体の獲得の順序について何がいえるか。50字以内で述べよ。

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解答

(1) 好気性細菌(α-プロテオバクテリア)

(2) ミトコンドリアのDNAが好気性細菌と近縁であり、もとは独立した細菌が共生したとする細胞内共生説を支持する。(52字)

(3) ミトコンドリアが先に獲得され、その後の一部の系統で葉緑体が追加で獲得された。(38字)

解説

(1) ミトコンドリアゲノムの遺伝子系統樹を作成すると、真核生物のミトコンドリア遺伝子は好気性細菌(特にα-プロテオバクテリア)と近縁であることがわかります。同様に、葉緑体ゲノムの遺伝子はシアノバクテリアと近縁です。

(2) もしミトコンドリアが真核細胞自身の進化で生じたものなら、ミトコンドリアの遺伝子は核の遺伝子と同じ系統に位置するはずです。好気性細菌と近縁であるという結果は、ミトコンドリアが外部から取り込まれた生物に由来することを示しています。

(3) 全真核生物に共通する特徴は、共通祖先の段階で獲得されたと推定できます。ミトコンドリアは全真核生物にあるので共通祖先で獲得、葉緑体は一部にしかないので後から追加獲得されたと考えられます。

採点ポイント((2)の論述・6点満点の場合)
  • ミトコンドリアDNAが好気性細菌由来であることに言及(3点)
  • 細胞内共生説の支持に結びつけている(3点)