あなたは朝、目覚まし時計の音に慣れてしまったことはありませんか。これは「慣れ」という学習の一種です。
動物の行動には、生まれつきプログラムされた「生得的行動」と、経験によって変化する「学習行動」があります。
イトヨの攻撃行動からアメフラシの神経回路まで、行動のしくみを分子レベルで理解していきましょう。
動物は外部からの刺激に対してさまざまな行動を示します。そのうち、生まれつき備わっており、経験や学習がなくても起こる定型的な行動を生得的行動といいます。生得的行動は遺伝的なプログラムによって決まっており、同じ種の個体であれば同じパターンで現れます。
刺激に対して一定の方向に移動する行動を走性といいます。刺激源に向かう場合を正の走性、遠ざかる場合を負の走性とよびます。
たとえば、ミドリムシは弱い光に向かって移動します(正の走光性)。一方、プラナリアやミミズは光から逃げます(負の走光性)。走性は刺激の種類によって分類されます。
| 走性の種類 | 刺激源 | 正の走性の例 | 負の走性の例 |
|---|---|---|---|
| 光走性 | 光 | ミドリムシ(弱い光)、ガ | プラナリア、ミミズ |
| 化学走性 | 化学物質 | ハエ(アンモニア) | ─ |
| 重力走性 | 重力 | ─ | ゾウリムシ、マイマイ |
| 電気走性 | 電気 | ─ | ゾウリムシ(陰極へ) |
| 音波走性 | 音波 | コオロギ(雌) | ─ |
| 流れ走性 | 水流 | メダカ、アメンボ | ─ |
走性よりも複雑で、一連のまとまった行動パターンとして現れる生得的行動を本能行動といいます。本能行動を引き起こすきっかけとなる特定の刺激を鍵刺激(信号刺激)とよびます。
代表的な例がイトヨ(トゲウオの一種)の攻撃行動です。繁殖期の雄のイトヨは腹部が赤くなり、縄張りをつくります。この雄は、縄張りに入ってきた「腹が赤いもの」に対して激しい攻撃行動を示します。このとき、鍵刺激は「腹部の赤色」です。魚の形をしていなくても、下半分が赤く塗られた棒状の模型に対して攻撃します。逆に、魚の形をしていても腹部が赤くなければ攻撃しません。
鍵刺激によって引き起こされる定型的な行動パターンを固定的動作パターン(FAP: Fixed Action Pattern)とよびます。いったん始まると、途中で刺激がなくなっても最後まで実行される点が特徴です。
鍵刺激を自然な状態よりも誇張した刺激を与えると、本物以上に強い反応が引き起こされることがあります。これを超正常刺激といいます。たとえば、ミヤコドリに自分の卵よりもはるかに大きな偽の卵を巣に置くと、本物の卵を無視して偽の卵を抱こうとします。イトヨの場合も、腹部がより鮮やかな赤色の模型に対して、実物の雄よりも激しく攻撃します。
イトヨの繁殖行動では、雄と雌の間で鍵刺激が交互にやりとりされます。雄のジグザグダンスが雌の接近を引き起こし、雌の接近(膨らんだ腹部)が雄の巣への誘導行動を引き起こし、雄の誘導が雌の産卵を引き起こす――というように、一方の行動が次の行動の鍵刺激となって連鎖的に進みます。
ミツバチのコミュニケーションは、生得的行動の精巧さを示す代表例です。蜜を見つけた働きバチは、巣に戻ると巣板の垂直面で8の字ダンス(しり振りダンス)を行い、えさ場の方向と距離を仲間に伝えます。このしくみを発見したのはオーストリアの動物行動学者フォン・フリッシュです。
生まれてからの経験によって行動が変化することを学習といい、学習によって新たに現れる行動を学習行動(習得的行動)といいます。学習にはさまざまな段階があり、単純なものから高度なものまで幅広く存在します。
同じ刺激がくり返されたとき、しだいに反応しなくなることを慣れ(馴化)といいます。慣れは最も単純な学習の一種です。
慣れのしくみは、アメフラシのえら引っ込め反射でよく研究されています。アメフラシの水管に触れると、えらを引っ込める反射が起きますが、同じ刺激をくり返すと反応しなくなります。これは水管の感覚ニューロンの神経終末からの神経伝達物質の放出量が減少し、運動ニューロンへの伝達効率が低下するためです。
慣れが生じた個体の尾などの別の部位に刺激を与えると、水管への刺激で再びえら引っ込め反射が起こるようになります。これを脱慣れといいます。
一方、尾に強い刺激を与えると、普通では反応しないような弱い刺激にまで過剰に反応するようになります。これを鋭敏化(感作)といいます。鋭敏化では、尾の感覚ニューロンと接続する介在ニューロンがセロトニンを水管の感覚ニューロンの神経終末に分泌し、カリウムチャネルが閉じることで活動電位の持続時間が長くなり、カルシウムイオンの流入量が増加して神経伝達物質の放出量が増加します。
動物の行動とある条件を結びつける学習を条件づけといいます。条件づけには2つの種類があります。
(1)古典的条件づけ:特定の生得的行動を引き起こす刺激(無条件刺激)と、本来は無関係な刺激(条件刺激)を同時にくり返し提示することで、条件刺激だけで反応が起きるようになる学習です。代表例はパブロフのイヌの実験です。食物(無条件刺激)を見せる直前にベルの音(条件刺激)を聞かせることをくり返すと、やがてベルの音だけで唾液を分泌するようになります。
(2)オペラント条件づけ:特定の鍵刺激がなくても、自発的な行動と報酬(または罰)を結びつけて学習することです。代表例はスキナーの実験で、箱に入れたネズミが偶然レバーを押すとえさが出る装置を用いると、しだいにネズミは自発的にレバーを押す頻度が上がります。
さまざまな試みを通して、うまくいく行動パターンを獲得していく学習を試行錯誤学習といいます。ソーンダイクのネコの実験が有名で、箱に入れたネコがさまざまな動作を試すうちに、ペダルを踏むと脱出できることを学習し、脱出にかかる時間がしだいに短くなります。オペラント条件づけの一形態とも考えられます。
一方、過去の経験をもとに推理して、試行錯誤なしに問題を解決する学習を洞察学習(見通し学習)といいます。チンパンジーが箱を積み上げて高い場所のバナナをとったり、短い棒で長い棒を引き寄せてえさをとるような行動がその例です。洞察学習ができる動物は、脳の大脳皮質が発達した霊長類などに限られます。この行動を知能行動ともよびます。
カモやガンなどの鳥類のヒナは、ふ化直後に目にした動く対象を「親」と認識し、追従行動を示します。このように、生後の限られた時期に特定の対象を強く記憶する学習を刷り込み(インプリンティング)といいます。
この現象を詳しく研究したのがオーストリアの動物行動学者ローレンツです。ローレンツはハイイロガンのヒナが、ふ化直後に最初に見た動く対象を親とみなすことを実験で示しました。
刷り込みには以下の重要な特徴があります。
ある種の小鳥は、幼い時期に親鳥のさえずりの音声パターンを脳に記憶する「感覚学習」と、記憶したパターンを練習してまねる「運動学習」の2段階でさえずりを習得します。感覚学習にも臨界期があり、この時期に親鳥のさえずりを聞かなかった個体は、成長しても正常なさえずりができません。
動物の行動は「生得的か学習か」の二者択一ではなく、多くの行動は遺伝的な基盤の上に、経験による修正が加わって成り立っています。刷り込みは「臨界期」という遺伝的に決められた時間枠の中で経験による学習が起こる例であり、生得と学習の境界にある行動です。
| 分類 | 行動の種類 | 特徴 | 代表例 |
|---|---|---|---|
| 生得的行動 | 走性 | 刺激に対して方向性のある移動 | ミドリムシの走光性 |
| 本能行動 | 鍵刺激で引き起こされる定型パターン | イトヨの攻撃行動 | |
| コミュニケーション | 同種個体間の情報伝達 | ミツバチの8の字ダンス | |
| 学習行動 | 慣れ・鋭敏化 | シナプスの伝達効率の変化 | アメフラシのえら引っ込め反射 |
| 古典的条件づけ | 無条件刺激と条件刺激の連合 | パブロフのイヌ | |
| オペラント条件づけ | 自発的行動と報酬の結びつき | スキナーのネズミ | |
| 試行錯誤学習 | 試みの反復で正解を獲得 | ソーンダイクのネコ | |
| 洞察学習(知能行動) | 推理による問題解決 | チンパンジーの箱積み | |
| 生得と学習の中間 | 刷り込み | 臨界期に成立し消えにくい | カモのヒナの追従行動 |
多くの生物は、外界の明暗条件がなくても約24時間の周期で生理機能や行動が変動します。この内因的なリズムを概日リズム(サーカディアンリズム)といいます。概日リズムを生み出すしくみを生物時計(体内時計)と呼びます。
ヒトでは、脳の間脳にある視交叉上核(SCN)が概日リズムの中枢です。視交叉上核の時計細胞には、特定の遺伝子(時計遺伝子)の発現が約24時間周期で増減するしくみがあり、これが体内時計の実体です。生物時計は明暗周期(光環境)に同調して毎日リセットされるため、地球の自転周期と一致した正確なリズムが保たれます。
松果体は間脳の一部で、メラトニンというホルモンを分泌します。メラトニンは夜間に分泌量が増加し、睡眠・覚醒リズムの調節に関わります。光を受けるとメラトニンの分泌が抑制されるため、概日リズムと光環境を結びつける役割を果たしています。
概日リズムに基づいて、行動や生理機能が約1日の周期で変動することを日周性といいます。たとえば、昼行性の動物が昼に活動して夜に休むパターンがこれにあたります。
一方、季節の変化(日長の変化)に応じて年単位で変動する行動や生理機能を年周性といいます。渡り鳥の渡りや哺乳類の冬眠、繁殖期の到来などが年周性の例です。年周性は生物時計と日長の変化の組み合わせによって制御されています。
フェロモンとは、同種の他個体に対して特定の行動や生理変化を引き起こす化学物質です。体外に分泌されて空気中や水中を伝わり、他個体の受容器(嗅覚器など)で受容されます。フェロモンには以下のような種類があります。
渡り鳥や回遊魚のように、長距離を移動する動物は目的地までの方角を知る手がかりを利用しています。このような方位決定のしくみを定位行動とよびます。
コウモリは暗闇の中で超音波を発し、障害物や獲物に反射して戻ってくる音(エコー)の時間差や強度を分析して、物体の位置や距離を把握します。このしくみを反響定位(エコロケーション)といいます。イルカも同様のしくみをもっています。
この節で学んだ基本事項を確認しましょう。
走性とは何か。「刺激源」「方向」の語を用いて説明せよ。また、正の走性と負の走性の違いを述べよ。
走性とは、刺激源に対して一定の方向に移動する行動である。刺激源に向かう場合を正の走性、刺激源から遠ざかる場合を負の走性という。
アメフラシのえら引っ込め反射において、「慣れ」が起こるしくみを、「感覚ニューロン」「神経伝達物質」の語を用いて説明せよ。
水管からの刺激をくり返し受けると、感覚ニューロンの神経終末から放出される神経伝達物質の量が減少し、運動ニューロンへの伝達効率が低下するため、えら引っ込め反射が起こらなくなる。
刷り込み(インプリンティング)の特徴を3つ挙げよ。
(1)学習が成立する期間(臨界期)が限られている。(2)一度成立すると生涯消えにくい。(3)報酬や罰がなくても成立する(試行錯誤を必要としない)。
古典的条件づけとオペラント条件づけの違いを、具体例を挙げて説明せよ。
古典的条件づけは、無条件刺激と無関係な条件刺激を対にしてくり返し提示することで、条件刺激だけで反応が起こるようになる学習である(例:パブロフのイヌでベルの音と食物を対提示し、ベルの音だけで唾液が出るようになる)。オペラント条件づけは、動物の自発的な行動と報酬を結びつける学習である(例:スキナーのネズミがレバーを押すとえさが得られることを学習する)。
この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
次の文中の空欄( ア )〜( カ )に入る適切な語句を答えよ。
動物の行動のうち、遺伝的にプログラムされた行動を( ア )という。刺激に対して一定方向に移動する行動を( イ )といい、刺激源に向かう場合を正の( イ )、遠ざかる場合を負の( イ )という。特定の行動を引き起こす刺激を( ウ )という。同じ刺激をくり返すと反応しなくなる現象を( エ )といい、強い刺激で過敏になる現象を( オ )という。生後の限られた時期に特定の対象を記憶する学習を( カ )という。
ア:生得的行動 イ:走性 ウ:鍵刺激(信号刺激) エ:慣れ オ:鋭敏化 カ:刷り込み(インプリンティング)
動物の行動は、遺伝的に決まった生得的行動と、経験によって変化する学習行動に大別されます。走性・鍵刺激は生得的行動のキーワード、慣れ・鋭敏化・刷り込みは学習行動のキーワードです。
次の(ア)〜(カ)の行動を、「生得的行動」「学習行動」「刷り込み」に分類せよ。
(ア)メダカが流れに向かって泳ぐ
(イ)パブロフのイヌがベルの音で唾液を分泌する
(ウ)カモのヒナがふ化直後に見たものについて歩く
(エ)イトヨの雄が腹の赤い模型を攻撃する
(オ)チンパンジーが箱を積んでバナナをとる
(カ)アメフラシの水管刺激をくり返すとえらを引っ込めなくなる
生得的行動:ア(流れ走性)、エ(鍵刺激による本能行動)
学習行動:イ(古典的条件づけ)、オ(洞察学習・知能行動)、カ(慣れ)
刷り込み:ウ(インプリンティング)
メダカの正の流れ走性やイトヨの攻撃行動は遺伝的にプログラムされた生得的行動です。パブロフの条件反射やチンパンジーの知能行動は経験に基づく学習行動です。カモのヒナの追従行動は、臨界期に成立する刷り込みで、生得と学習の中間的な性質をもちます。
アメフラシのえら引っ込め反射について、次の問いに答えよ。
(1) 慣れが生じているとき、シナプスで起こっている変化を「感覚ニューロン」「神経伝達物質」「運動ニューロン」の語を用いて50字以内で述べよ。
(2) 鋭敏化のしくみを「介在ニューロン」「セロトニン」「カルシウムイオン」の語を用いて80字以内で述べよ。
(1) 感覚ニューロンの神経終末から運動ニューロンへの神経伝達物質の放出量が減少し、伝達効率が低下する。(48字)
(2) 介在ニューロンが感覚ニューロンの終末にセロトニンを分泌しカリウムチャネルを閉じさせ、活動電位が延長しカルシウムイオン流入が増加し神経伝達物質の放出量が増える。(78字)
(1) 慣れのメカニズムの核心は、感覚ニューロンと運動ニューロンの間のシナプスにおける伝達効率の低下です。
(2) 鋭敏化では、尾の刺激が介在ニューロンを介してセロトニンを放出させ、これが水管の感覚ニューロンに作用してK⁺チャネルを閉鎖 → 活動電位延長 → Ca²⁺流入増加 → 伝達物質放出増加、という連鎖で起こります。
(1) ミツバチの8の字ダンスにおいて、えさ場の方向はどのように伝えられるか。「鉛直上方」「太陽」の語を用いて60字以内で述べよ。
(2) 刷り込みと試行錯誤学習は、いずれも経験にもとづく行動であるが、異なる点がある。違いを1つ述べよ。
(1) ダンスの中央直線部の方向と鉛直上方がなす角度が、太陽の方向とえさ場の方向がなす角度と一致するように踊る。(51字)
(2) 試行錯誤学習はくり返しの経験によって徐々に獲得されるが、刷り込みは臨界期に1回の経験で成立し、消去されにくい。
(1) ミツバチは暗い巣の中では太陽が見えないため、重力方向を基準に角度情報を置き換えて伝えます。
(2) 刷り込みは報酬・罰を必要としない点、臨界期がある点、一度成立すると消えにくい点などが試行錯誤学習との違いです。
ゾウリムシを試験管に入れて鉛直に立てて静置すると、やがてゾウリムシは水面近くに集まった。この現象が負の重力走性によるものであることを示すためには、正の化学走性(酸素走性)による移動であるという仮説を否定する必要がある。
(1) 正の酸素走性の仮説を否定するためにはどのような実験を行えばよいか。実験方法と予想される結果を60字以内で述べよ。
(2) ゾウリムシは陰極側に移動する性質がある。この走性は何とよばれるか。
(1) 試験管内を窒素で満たし酸素を除去して密栓し鉛直に立てる。上方に集まれば酸素走性でなく負の重力走性といえる。(52字)
(2) 負の電気走性
(1) 酸素走性の仮説では「水面付近に溶存酸素が多いから上方に移動する」と説明されます。この仮説を否定するには酸素の影響を排除する対照実験が必要です。密閉して酸素を除去しても上方に集まるなら、酸素走性では説明できず、負の重力走性と結論できます。
(2) ゾウリムシは電場を与えると陰極側に集まります。陰極(−極)に向かうため、正の電気走性ではなく負の電気走性とよびます。