第2章 進化のしくみ

遺伝的変異
─ 突然変異と遺伝的多様性の源

同じアサガオでも、花の色は赤、紫、白とさまざまです。同じヒトでも、髪の色や血液型は人それぞれです。
こうした「個体ごとの違い」はどこから来るのでしょうか。
その答えは、DNAの塩基配列に起きる小さな変化──突然変異にあります。

1変異とは何か ─ 「違い」の2つの原因

同じ種の個体どうしでも、さまざまな形質に違いが見られます。 このような個体間の形質の違いを変異といいます。

変異には2つの種類があります。

①遺伝的変異 ── DNAに原因がある「違い」

遺伝的変異は、DNAの塩基配列の違いに起因する変異です。親から子へ遺伝するのが特徴です。アサガオの花の色の違いや、ヒトの血液型の違いがこれにあたります。進化の材料になるのは、この遺伝的変異です。

②環境変異 ── 環境に原因がある「違い」

環境変異は、環境の違いによって生じる変異です。たとえば、同じ品種の植物でも、日当たりのよい場所と日陰では育ち方が異なります。食物の量による体重の差もこれに含まれます。環境変異は遺伝しません

ポイント:進化に関わるのは遺伝的変異だけ
  • 遺伝的変異:DNAの違いが原因。遺伝する → 進化の材料になる
  • 環境変異:環境の違いが原因。遺伝しない → 進化には関わらない

2遺伝子突然変異 ─ DNAの「誤植」

遺伝的変異の源は突然変異です。 突然変異とは、DNAの塩基配列や染色体の構造・数に変化が生じることをいいます。

まず、DNAの塩基配列レベルで起きる突然変異(遺伝子突然変異)を見ていきましょう。 これは本の中の「誤植」にたとえられます。1文字が変わるだけで意味が変わることもあれば、まったく影響がないこともあります。

3つのタイプ

タイプ内容たとえ(文章)
置換塩基が別の塩基に変わる「いぬがいる」→「いがいる」
挿入新しい塩基が加わる「いぬがいる」→「いぬがいる」
欠失塩基が失われる「いぬがいる」→「い がいる」

置換の影響 ── 変わる場合と変わらない場合

塩基が1つ置換しても、コドン(3塩基の組み合わせ)が指定するアミノ酸が変わらない場合があります。 これは遺伝暗号の縮重によるもので、このような変異を同義置換(サイレント変異)といいます。

一方、アミノ酸が変化する置換を非同義置換(ミスセンス変異)といいます。 アミノ酸が変わるとタンパク質の機能が変化する可能性があります。

挿入・欠失の影響 ── フレームシフト

挿入や欠失が起きると、変異した場所からあとのすべてのコドンの読み枠がずれてしまいます。 これをフレームシフトといいます。 置換に比べて影響が大きく、タンパク質の機能が大幅に変化することが多いです。

突然変異のほとんどは形質に影響しないのか
DNAの塩基が1つ置換しても、遺伝暗号の縮重により同じアミノ酸が指定されることが多い
アミノ酸が変化しても、タンパク質の機能に影響しない位置であれば形質は変わらない
このような形質に影響しない変異を中立な変異という
突然変異の多くは中立であり、有害な変異や有利な変異はごく一部にすぎない
発展:鎌状赤血球症 ── 1塩基の置換が引き起こす病気 生物

ヘモグロビン遺伝子のたった1塩基の置換(GAG → GTG)により、6番目のアミノ酸がグルタミン酸からバリンに変わると、赤血球が鎌状に変形する鎌状赤血球症が起こります。この例は、わずか1塩基の変化がタンパク質の機能と形質に大きな影響を与えることを示しています。一方で、鎌状赤血球をヘテロでもつ個体はマラリアに抵抗性をもつことが知られており、自然選択(2-3参照)との関連で入試にも頻出です。

3染色体突然変異 ─ より大きなスケールの変化

遺伝子突然変異がDNAの「1文字の誤植」だとすれば、染色体突然変異は「ページの入れ替えや追加」にあたります。 もっと大きなスケールの変化です。

染色体の構造の変化

染色体の一部が失われたり(欠失)、逆向きになったり(逆位)、別の染色体に移ったり(転座)、重複したり(重複)する変化です。

染色体の数の変化

染色体のセット全体が倍になることを倍数性といい、そのような個体を倍数体といいます。 植物では倍数体が自然に生じることがあり、種なしスイカ(3倍体)や小麦(6倍体)がその例です。

また、特定の染色体が1本多かったり少なかったりすることを異数性といいます。 ヒトのダウン症候群は21番染色体が3本ある(トリソミー)例です。

ポイント:突然変異の2つのレベル
  • 遺伝子突然変異:塩基配列の変化(置換・挿入・欠失)。影響は小〜中
  • 染色体突然変異:染色体の構造・数の変化。影響は大きい
  • いずれも生殖細胞に生じた場合に次世代に遺伝する

4突然変異はいつ起きるのか ─ DNA複製のエラー

突然変異のほとんどは、DNA複製の際に生じるコピーミスです。 DNAポリメラーゼには校正機能があり、ほとんどのミスは修正されますが、ごくまれにミスが修正されずに残ることがあります。

また、紫外線や放射線、化学物質などの変異原(変異を引き起こす要因)によってDNAが損傷し、突然変異が生じることもあります。

重要なのは、突然変異はランダムに起きるということです。 「環境に適応するために」突然変異が起きるのではなく、偶然に生じた変異のなかから、環境に合ったものが自然選択によって残されるのです(2-3参照)。

発展:突然変異率と中立進化 生物

ヒトのDNA複製における突然変異率は、1塩基あたり約10−9(10億塩基に1回程度)と推定されています。ヒトのゲノムは約30億塩基対なので、1回の複製で平均数個の突然変異が生じる計算になります。このように突然変異は常に起き続けていますが、そのほとんどは形質に影響しない中立な変異です。中立な変異が集団中に広がるしくみ(遺伝的浮動)については2-4で学びます。

5この章を俯瞰する ─ 変異から進化へ

この記事では、遺伝的変異の源である突然変異について学びました。 突然変異それ自体は、DNAのランダムなエラーにすぎません。 しかしこの「偶然のエラー」が、進化のすべての出発点になります。

この章と他の章のつながり

他の章へのつながりマップ

  • 有性生殖 → 2-2「有性生殖と遺伝的多様性」:突然変異で生じた変異が、減数分裂の組換えや独立配偶子の組み合わせでさらに多様化する。
  • 自然選択 → 2-3「自然選択」:集団中の遺伝的変異のうち、環境に適した変異が選択されて広がるしくみ。
  • 遺伝的浮動 → 2-4「遺伝的浮動と中立進化」:中立な変異が偶然によって集団中の頻度を変えるしくみ。
  • DNA複製 → 6-2「DNAの複製」:突然変異はDNA複製時のコピーミスとして生じる。複製のしくみと校正機能を詳しく学ぶ。
  • 翻訳 → 6-4「翻訳」:塩基配列の変化がアミノ酸配列に影響するかどうかは、遺伝暗号の縮重で決まる。

6まとめ

  • 同じ種の個体間の形質の違いを変異という。遺伝的変異(DNA由来)と環境変異がある
  • 進化の材料になるのは遺伝的変異のみ。環境変異は遺伝しない
  • 遺伝的変異の源は突然変異。DNAレベルと染色体レベルの2種類がある
  • 遺伝子突然変異置換挿入欠失の3タイプ
  • 置換には同義置換(アミノ酸変化なし)と非同義置換(アミノ酸変化あり)がある
  • 挿入・欠失はフレームシフトを引き起こし、影響が大きい
  • 染色体突然変異:構造の変化(欠失・逆位・転座・重複)と数の変化(倍数性異数性
  • 突然変異はランダムに起き、そのほとんどは形質に影響しない中立な変異である

7確認テスト

この節で学んだ基本事項を確認しましょう。

Q1

遺伝的変異と環境変異の違いを、遺伝の有無に着目して説明せよ。

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解答

遺伝的変異はDNAの塩基配列の違いに起因し、次世代に遺伝する。環境変異は環境条件の違いに起因し、遺伝しない。進化の材料になるのは遺伝的変異のみです。

Q2

遺伝子突然変異の3つのタイプを挙げ、フレームシフトを引き起こすのはどのタイプか答えよ。

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解答

置換・挿入・欠失の3タイプ。フレームシフトを引き起こすのは挿入と欠失です。コドンの読み枠が変異点以降すべてずれるため、タンパク質の機能への影響が大きくなります。

Q3

塩基の置換が起きてもアミノ酸が変化しないことがある。その理由を答えよ。

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解答

遺伝暗号には縮重があり、1つのアミノ酸に対応するコドンが複数存在するため、塩基が置換しても同じアミノ酸が指定される場合があるからです(同義置換)。

8入試問題演習

この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

2-1-1 A 基礎 知識 穴埋め

次の文中の空欄( ア )〜( カ )に入る適切な語句を答えよ。

同じ種の個体間に見られる形質の違いを( ア )という。( ア )のうち、DNAの違いに起因し遺伝するものを( イ )、環境条件の違いに起因し遺伝しないものを( ウ )という。 ( イ )の源は( エ )である。DNAの塩基配列に生じる( エ )には、塩基が別の塩基に変わる( オ )、新しい塩基が加わる挿入、塩基が失われる( カ )の3種類がある。

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解答

ア:変異 イ:遺伝的変異 ウ:環境変異 エ:突然変異 オ:置換 カ:欠失

解説

変異には遺伝的変異と環境変異の2種類があり、進化に関わるのは遺伝的変異のみです。遺伝的変異は突然変異によって生じ、遺伝子レベルでは置換・挿入・欠失の3タイプがあります。

B 標準レベル

2-1-2 B 標準 論述

突然変異に関する次の問いに答えよ。

(1) 1塩基の置換よりも1塩基の欠失のほうが、タンパク質の機能に大きな影響を与える場合が多い。その理由を「フレームシフト」の語を用いて50字以内で述べよ。

(2) 突然変異がランダムに起きるにもかかわらず、集団が環境に適応していく理由を、「自然選択」の語を用いて50字以内で述べよ。

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解答

(1) 1塩基の欠失はフレームシフトを引き起こし、変異点以降のすべてのコドンの読み枠がずれてアミノ酸配列が大きく変化するから。(50字)

(2) ランダムに生じた変異のうち、環境に適した変異をもつ個体が自然選択によって生き残り、次世代に遺伝するため。(50字)

解説

(1) 置換の場合、変化するのは1つのコドン(1つのアミノ酸)だけです。しかし欠失の場合、読み枠が1塩基ずれるため、変異点以降のアミノ酸がすべて変わります。これがフレームシフトで、タンパク質が完全に機能を失うことも珍しくありません。

(2) 「突然変異が適応のために起きる」のではなく、「ランダムに起きた変異のうち有利なものが自然選択で残る」と理解することが重要です。これが進化の基本メカニズムです。

採点ポイント((1)の論述・6点満点の場合)
  • フレームシフトが起こることに言及(2点)
  • 変異点以降のコドンの読み枠がずれることに言及(2点)
  • アミノ酸配列が大きく変化することに言及(2点)

C 発展レベル

2-1-3 C 発展 実験考察

次の文を読み、あとの問いに答えよ。

ある遺伝子の正常なDNA配列(鋳型鎖の一部)が 3'-TACGGATCCAATTCG-5' であるとする。この配列をmRNAに転写し、翻訳すると5つのアミノ酸からなるペプチドが合成される。

(1) この配列から転写されるmRNAの塩基配列を5'→3'の方向で示せ。

(2) 鋳型鎖の左から8番目の塩基C(下線部)がTに置換した場合、合成されるペプチドのアミノ酸配列は変化するか。遺伝暗号表を参照して答えよ。(参考:AUGはMet、GCCはAla、UAGは終止コドン、AGGはArg、UUAはLeu、AGCはSer)

(3) 鋳型鎖の左から8番目の塩基Cが欠失した場合、合成されるペプチドにどのような変化が生じるか予想せよ。

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解答

(1) 5'-AUGCCUAGGUUAAGC-3'

(2) 正常:AUG-CCU-AGG-UUA-AGC → Met-Pro-Arg-Leu-Ser

置換後:AUG-CCU-AGG-UUA-AGC(Cが鋳型鎖でTに変わると、mRNAではGがAに変わる)

→ 7番目のC→Tの置換は鋳型鎖なので、mRNAの対応塩基はG→A。mRNAは AUG-CCU-AAG-UUA-AGC。AAGはLys(リシン)。

よって3番目のアミノ酸がArg → Lysに変化する(非同義置換)。

(3) フレームシフトが起こり、欠失位置以降のすべてのコドンの読み枠がずれるため、3番目以降のアミノ酸がすべて変化し、まったく異なるペプチドが合成される。また、途中で終止コドンが出現してペプチドが短くなる可能性もある。

解説

(1) 鋳型鎖の3'→5'方向を読み、相補的な塩基をmRNAとして5'→3'方向に書き出します。T→A、A→U、C→G、G→Cの対応です。

(2) 鋳型鎖のCがTに変わると、mRNAの対応塩基がGからAに変わります。もとのコドンAGG(Arg)がAAG(Lys)に変化するため、非同義置換となります。

(3) 1塩基欠失によるフレームシフトの典型例です。欠失点以降のコドンがすべてずれるため、もとのタンパク質とはまったく異なるアミノ酸配列になります。