キリンの首はなぜ長いのでしょうか。「高い木の葉を食べるために首を伸ばした」──これは間違いです。
正解は、「たまたま首が長い個体が、高い木の葉を食べられて生き残り、その遺伝子が広まった」。
この「たまたま有利だった個体が生き残る」しくみこそ、ダーウィンが見出した自然選択です。
日常会話では「進化」という言葉を「進歩」や「成長」の意味で使うことがあります。 しかし生物学における進化の定義は異なります。
進化とは、世代を経て、集団内のある対立遺伝子の頻度が変化することです。 個体が成長したり、新しい技術を身につけたりすることは「進化」ではありません。 あくまで集団レベルで、世代を超えて遺伝子の構成が変化することが進化です。
自然選択とは、もっている遺伝子によって生存率や繁殖成功度が異なることで、有利な形質が集団中に広まり、不利な形質が減少するしくみです。
自然選択が働くためには、以下の3つの条件がそろう必要があります。
この3つがそろうと、有利な変異をもつ個体がより多くの子を残し、その遺伝子が次世代で増えます。 これが世代を重ねることで、集団全体の形質が変化していきます。
生物が生息環境のなかで生存や繁殖に有利な特性をもっていることを、適応しているといいます。 コノハチョウの葉への擬態、サボテンの貯水能力、ホッキョクグマの白い毛──これらはすべて、自然選択の結果として進化した適応の例です。
生存や繁殖における有利さの指標を適応度といいます。 より多くの子を残す(=自分と同じ遺伝子をより多く次世代に伝える)個体ほど、適応度が高いとされます。
重要なのは、適応度は絶対的なものではないということです。 ある環境で適応度が高い形質でも、環境が変われば不利になることがあります。 自然選択は「最強の形質」を生み出すのではなく、「そのときの環境に最も合った形質」を選ぶのです。
自然選択によって、生存や繁殖に有利な形質が世代を重ねて集団中に広まっていく過程を適応進化といいます。 生物が環境に適した形態や行動を示すのは、この適応進化の結果です。
自然選択が実際に野外で起きていることを示した有名な研究が、ガラパゴス諸島のフィンチ(ダーウィンフィンチ類)の研究です。
ガラパゴスフィンチは共通の祖先から約14種に分かれ、それぞれ食物に応じて異なるくちばしの形と大きさをもっています。 グラント夫妻の研究では、干ばつの年に柔らかい種子が減り、硬い種子だけが残ったとき、くちばしが厚い個体のほうが硬い種子を割って食べることができ、生き残ったことが記録されています。
干ばつが終わった翌年、生き残った個体の子の世代では、集団全体のくちばしの厚みの平均値が増大していました。 これは自然選択が実際に形質の分布を変化させたことの直接的な証拠です。
イギリスのオオシモフリエダシャクには白色型と暗色型がいます。産業革命前は白い木の幹に目立たない白色型が多数派でしたが、工場のすすで木の幹が黒くなると、暗色型が目立たなくなって鳥に食べられにくくなり、暗色型の頻度が増加しました。これを工業暗化といいます。大気汚染が改善された現代では、再び白色型が増えています。環境の変化に応じて自然選択の方向が変わる好例であり、入試頻出です。
フランスの博物学者ラマルクは、生物が環境に応じて使った器官は発達し、使わなかった器官は退化するという用不用説と、その変化が子に遺伝するという獲得形質の遺伝を唱えました。 しかし、獲得形質は遺伝しないことが現在では明らかになっており、この説は否定されています。
ダーウィンは『種の起源』(1859年)で自然選択説を提唱しました。 集団内にもともと存在する変異のうち、生存や繁殖に有利なものが選ばれて広まるという考え方です(セクション2で詳述)。
オランダのドフリースは、オオマツヨイグサの栽培実験から、進化は微小な変異の蓄積ではなく突然変異によって一気に新しい形質が生じることで起きると唱えました(突然変異説)。 突然変異が進化の「原材料」であるという点は正しいですが、突然変異だけで種が生まれるわけではありません。
20世紀に入り、メンデルの遺伝学と集団遺伝学の発展により、ダーウィンの自然選択説と遺伝学が統合されました。 これを総合説(現代総合説、ネオダーウィニズム)といいます。 総合説では、突然変異が変異を生み、自然選択と遺伝的浮動が遺伝子頻度を変化させることで進化が進むと説明します。 現代の進化生物学の基本的な枠組みです。
自然選択の特殊な形態として、性選択があります。 これは配偶相手の獲得をめぐる競争によって働く選択で、生存には不利に見える形質が繁殖上の有利さによって進化する場合があります。
たとえばコクホウジャク(鳥類)のオスは、非常に長い尾羽をもっています。 長い尾羽は飛行の妨げになるため生存には不利ですが、メスが長い尾羽のオスを好んで交配相手に選ぶため、この形質が進化しました。 クジャクの羽やシカの角なども性選択の例です。
ここまでの3つの記事で、進化の基本的なしくみが見えてきました。 突然変異が遺伝的変異を「つくり」(2-1)、有性生殖が変異を「シャッフル」して多様性を爆発的に増やし(2-2)、自然選択がその中から環境に適した変異を「選ぶ」(2-3)。 この3段階が、適応進化の基本メカニズムです。
この節で学んだ基本事項を確認しましょう。
自然選択が働くために必要な3つの条件を述べよ。
①集団内に形質の変異がある。②その変異が遺伝する(遺伝的変異である)。③形質の違いによって生存率や繁殖成功度に差がある。
「適応度」とは何か。簡潔に説明せよ。
生存や繁殖における有利さの指標。より多くの子を残す(自分と同じ遺伝子をより多く次世代に伝える)個体ほど適応度が高い。適応度は環境によって変わる。
「キリンは高い木の葉を食べるために首を伸ばした」という説明が誤りである理由を述べよ。
個体が生きている間に首を伸ばしても、その変化は遺伝しません(環境変異)。正しくは、首の長さに遺伝的な変異がある集団のなかで、首が長い個体のほうが食物を得やすく適応度が高かったため、自然選択によって首を長くする遺伝子が集団中に広まったのです。
この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
進化に関する記述として正しいものを、次の①〜⑤からすべて選べ。
①・③・⑤
②は誤り。個体の成長や技術の向上は1世代内の変化であり、遺伝しないため進化ではありません。④は誤り。進化は環境に対する適応の変化であり、「進歩」とは限りません。環境が変われば、かつて有利だった形質が不利になることもあります。
ガラパゴスフィンチの研究に関する次の問いに答えよ。
(1) 干ばつの年に、くちばしが厚い個体の生存率が高かった理由を40字以内で述べよ。
(2) 干ばつ後の世代で集団のくちばしの厚みの平均値が増大したことは、自然選択による進化をどのように示しているか。「遺伝子頻度」の語を用いて50字以内で述べよ。
(1) 柔らかい種子が減り、硬い種子を割って食べられる厚いくちばしをもつ個体が有利だったから。(40字)
(2) くちばしを厚くする遺伝子の頻度が、自然選択により世代を経て集団中で増加したことを示す。(43字)
(1) 干ばつで食物が限られた環境では、硬い種子を割れるかどうかが生死を分けました。くちばしの厚みには遺伝的変異があり、厚いくちばしをもつ個体が適応度の高い個体でした。
(2) これは自然選択の3条件(変異・遺伝・有利不利の差)がすべてそろった典型例です。重要なのは、個体のくちばしが太くなったのではなく、「太いくちばしの遺伝子をもつ個体の割合が集団中で増えた」ということです。
次の文を読み、あとの問いに答えよ。
イギリスに生息するオオシモフリエダシャクには、白色型と暗色型の2つの型が存在する。産業革命以前は白色型が大多数であったが、産業革命後のすすで汚れた地域では暗色型の割合が増加した。20世紀後半に大気汚染が改善されると、白色型の割合が再び増加した。
(1) 産業革命後に暗色型の割合が増加した理由を、「捕食」「自然選択」の2語を用いて60字以内で述べよ。
(2) 大気汚染改善後に白色型の割合が再び増加したことは、自然選択の性質についてどのようなことを示しているか。40字以内で述べよ。
(3) この現象は「獲得形質の遺伝」(使用・不使用による形質変化が遺伝すること)では説明できない。その理由を30字以内で述べよ。
(1) すすで黒くなった木の幹では白色型が目立って鳥に捕食されやすく、暗色型が目立たず生き残りやすいという自然選択が働いたため。(58字)
(2) 自然選択の方向は環境の変化に応じて変わりうることを示している。(30字)
(3) 体色は遺伝的に決まっており、環境で変わるものではないから。(28字)
(1) 工業暗化の典型的な説明問題です。背景の色が変わることで、捕食者(鳥)から見た目立ちやすさが逆転し、自然選択の方向が変わりました。
(2) 産業革命前→白色型有利、産業革命後→暗色型有利、大気汚染改善後→再び白色型有利。このように自然選択は「固定された方向」ではなく、環境次第で方向が変わるのです。
(3) ラマルクの「獲得形質の遺伝」説(使わない器官は退化し、使う器官は発達し、その変化が遺伝する)では、環境の変化で集団の形質比率が変わることを説明できません。体色は遺伝子によって決まり、個体が生涯で体色を変えてそれを遺伝させるのではなく、もともと集団中に存在していた遺伝的変異が自然選択で選ばれたのです。