第3章 生物の系統と進化

人類の起源と進化
─ 「立ち上がったサル」の700万年

私たちヒトは、約700万年前にチンパンジーの系統と分かれた「新参者」です。
46億年の地球の歴史からすれば、ほんの一瞬前に登場したにすぎません。
ヒトをヒトたらしめた進化の道筋を、化石と分子データからたどってみましょう。

1霊長類の特徴 ─ 樹上生活が生んだ能力

ヒトは哺乳類の中の霊長類(サル目)に属します。 霊長類は新生代に樹上生活者として多様化したグループで、以下のような特徴をもっています。

  • 拇指対向性 ── 親指が他の指と向き合い、枝などをつかめる
  • 立体視 ── 両目が顔の前面に位置し、奥行きを知覚できる
  • 発達した脳 ── 視覚情報の増大に伴い、脳が大きく発達した
  • 平爪 ── 鉤爪ではなく平たい爪をもつ

これらはすべて、木の枝から枝へ飛び移る樹上生活への適応です。 ヒトの祖先が樹から降りて直立二足歩行を始めたとき、樹上で鍛えられた手の器用さと視覚能力が、道具の使用と高度な知的活動を可能にしました。

2人類の誕生 ─ 直立二足歩行の始まり

ヒトに最も近縁な現生動物はチンパンジー(とボノボ)です。 分子時計による推定では、ヒトとチンパンジーの系統が分かれたのは約700万年前ごろとされています。

人類を他の類人猿から区別する最も重要な特徴が直立二足歩行です。 アフリカの約700万年前の地層から見つかったサヘラントロプスの化石は、最古の人類化石の候補とされています。

直立二足歩行がヒトの進化にとって重要だったのか
直立二足歩行により両手が自由になった
自由になった手で道具をつくり、使うことが可能になった
道具の使用が食物の獲得を効率化し、脳の発達を支えた
脳の発達が言語・社会性・文化を生み、ヒトを独自の進化へと導いた

3人類の進化 ─ 猿人からホモ・サピエンスへ

人類の進化は一本道ではなく、多くの種が枝分かれしては絶滅するという「枝分かれの繰り返し」でした。 これまでに20種あまりの人類化石が見つかっています。

段階代表的な種時期(約)脳容積おもな特徴
猿人アルディピテクス・ラミダス(ラミダス猿人)約440万年前300〜350 cm3最古級の猿人。直立二足歩行の初期段階
猿人アウストラロピテクス400〜200万年前400〜500 cm3直立二足歩行。脳は小さい
原人ホモ・エレクトス180〜30万年前750〜1200 cm3石器の使用。火の利用。アフリカからアジアへ分布拡大
旧人ネアンデルタール人40〜約3万年前1200〜1600 cm3ヨーロッパに分布。埋葬の文化
新人ホモ・サピエンス約20万年前〜現在1000〜2000 cm3言語。高度な道具。芸術。世界中に分布拡大

ホモ・サピエンスの起源

現生人類であるホモ・サピエンスHomo sapiens)は、約20万年前にアフリカで誕生したと考えられています。 その後、約10万年前にアフリカを出て(出アフリカ)、世界中に分布を広げました。

発展:ミトコンドリアDNAで探る人類の起源 生物

ホモ・サピエンスの起源の推定には、ミトコンドリアDNAの解析が重要な役割を果たしました。ミトコンドリアDNAは母親からのみ遺伝し、組換えが起きないため、変異の蓄積速度が一定で分子時計として使いやすいという利点があります。世界各地のヒトのミトコンドリアDNAを比較すると、すべてのヒトの系統がアフリカの1人の女性(「ミトコンドリア・イブ」)にさかのぼることがわかっています。これはホモ・サピエンスのアフリカ起源説を支持する重要な根拠です。

発展:ホモ・サピエンスの誕生時期をめぐる最新研究 生物

教科書では「約20万年前」とされているホモ・サピエンスの誕生時期ですが、2017年にモロッコのジェベル・イルード遺跡から約30万年前のホモ・サピエンスの化石が報告され、起源がさらにさかのぼる可能性が示されました。出アフリカの時期についても、従来の約10万年前よりも早い約6〜7万年前以前の拡散を示す証拠が見つかっています。研究の進展により、今後も年代が更新される可能性があります。

ポイント:人類進化の流れ
  • 約700万年前:チンパンジーの系統と分岐。直立二足歩行の開始
  • 猿人原人(石器・火)→ 旧人(埋葬)→ 新人(言語・芸術)
  • 脳容積は猿人(約500 cm3)から新人(約1500 cm3)へと約3倍に増大
  • ホモ・サピエンスは約20万年前にアフリカで誕生し、世界中に拡散した

4この章を俯瞰する ─ 第1編の総まとめ

第1編「生物の進化」の14の記事で、生命の起源から人類の誕生までをたどってきました。 化学進化から始まった生命の歴史は、細胞の進化、多細胞化、そして種の爆発的多様化を経て、ついに自らの進化を理解する生物──ヒト──を生み出しました。

この章と他の章のつながり

他の章へのつながりマップ

  • 分子時計 → 2-6「分子進化と分子時計」:ヒトとチンパンジーの分岐年代(約700万年前)は分子時計で推定された。
  • 脳と神経系 → 9-4「中枢神経系」:霊長類の脳の発達がヒトの知的活動の基盤になった。
  • 遺伝 → 第6章「遺伝情報の発現」:ミトコンドリアDNAの母系遺伝の性質が人類の起源推定に使われた。
  • 生態系 → 13-3「生態系のバランスと人間生活」:ヒトは進化の産物であると同時に、現在の生態系に最も大きな影響を与える存在でもある。

5まとめ

  • 霊長類は樹上生活に適応し、拇指対向性・立体視・発達した脳をもつ
  • ヒトに最も近縁な現生動物はチンパンジー。分岐は約700万年前
  • 人類を定義する最大の特徴は直立二足歩行
  • 最古級の猿人:ラミダス猿人(アルディピテクス・ラミダス、約440万年前)
  • 人類の進化:猿人原人(石器・火)→旧人新人(ホモ・サピエンス)
  • 脳容積は約500 cm3(猿人)から約1500 cm3(新人)へ増大
  • ホモ・サピエンスは約20万年前にアフリカで誕生し、約10万年前に出アフリカ
  • ミトコンドリアDNA解析がアフリカ起源説を支持

6確認テスト

この節で学んだ基本事項を確認しましょう。

Q1

人類を他の類人猿から区別する最も重要な特徴は何か。

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解答

直立二足歩行。これにより両手が自由になり、道具の使用が可能になった。

Q2

猿人・原人・旧人・新人を、脳容積が小さい順に並べよ。

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解答

猿人(約400〜500 cm³)→ 原人(約750〜1200 cm³)→ 旧人(約1200〜1600 cm³)→ 新人(約1000〜2000 cm³)。脳容積は人類の進化とともに増大した。

Q3

ホモ・サピエンスのアフリカ起源説を支持する分子的根拠を1つ述べよ。

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解答

世界各地のヒトのミトコンドリアDNAを比較すると、すべての系統がアフリカの1人の女性にさかのぼることがわかっている(ミトコンドリア・イブ)。

7入試問題演習

この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

3-4-1A 基礎知識穴埋め

次の文中の空欄( ア )〜( オ )に入る適切な語句を答えよ。

ヒトは哺乳類の( ア )類に属する。ヒトに最も近縁な現生動物は( イ )であり、約( ウ )万年前に系統が分かれた。人類を定義する最大の特徴は( エ )である。現生人類( オ )は約20万年前にアフリカで誕生したとされる。

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解答

ア:霊長 イ:チンパンジー ウ:700 エ:直立二足歩行 オ:ホモ・サピエンス

解説

ヒトとチンパンジーの分岐年代(約700万年前)は分子時計によって推定されました。直立二足歩行は、最古の人類化石(サヘラントロプス、約700万年前)にも見られるとされます。

B 標準レベル

3-4-2B 標準論述

(1) 直立二足歩行がヒトの進化に与えた影響を、「手」「道具」「脳」の3語を用いて60字以内で述べよ。

(2) ミトコンドリアDNAが人類の起源推定に適している理由を、「母系遺伝」「組換え」の2語を用いて50字以内で述べよ。

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解答

(1) 直立二足歩行で手が自由になり道具の使用が可能となった。道具は食物獲得を効率化し、脳の発達を支えた。(49字)

(2) ミトコンドリアDNAは母系遺伝し、組換えが起きないため変異の蓄積が一定で分子時計として使いやすいから。(49字)

解説

(1) 直立二足歩行→手の自由→道具→脳の発達という因果関係を整理して答えます。「手が自由になった」だけでなく、その結果何が起きたかまで書くことが重要です。

(2) 核のDNAは両親から受け継ぎ、減数分裂で組換えが起きるため系統追跡が複雑になります。ミトコンドリアDNAにはこの問題がなく、純粋な母系の系統をたどることができます。

採点ポイント((1)の論述・6点満点の場合)
  • 手が自由になったことに言及(2点)
  • 道具の使用が可能になったことに言及(2点)
  • 脳の発達を支えたことに言及(2点)

C 発展レベル

3-4-3C 発展計算論述

ヒトとチンパンジーのミトコンドリアDNAの塩基配列(16,500塩基対)を比較したところ、約1,500塩基の違いが見られた。ヒトとゴリラの間では約2,400塩基の違いが見られた。

(1) ヒトとチンパンジーのミトコンドリアDNAの一致率は何%か。小数第1位まで求めよ。

(2) ヒトとチンパンジーの分岐年代が700万年前とすると、ミトコンドリアDNAの置換速度は100万年あたり何塩基か。整数で答えよ。

(3) (2)の置換速度を用いて、ヒトとゴリラの分岐年代を推定せよ。

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解答

(1) (16,500 − 1,500) ÷ 16,500 × 100 = 90.9%

(2) 1,500 ÷ 7 = 約214塩基/100万年

(3) 2,400 ÷ 214 ≒ 約1,120万年前

解説

(1) 一致率 = (全塩基数 − 異なる塩基数) ÷ 全塩基数 × 100 で求めます。ヒトとチンパンジーのDNAの一致率が約91%というのは、非常に近縁であることを示しています。

(2) 分子時計の考え方で、置換数÷分岐年代で100万年あたりの置換速度を求めます。

(3) 同じ置換速度を使って、ヒトとゴリラの分岐年代を推定します。実際の推定値(約1,000〜1,200万年前)とおおむね一致します。