私たちヒトは、約700万年前にチンパンジーの系統と分かれた「新参者」です。
46億年の地球の歴史からすれば、ほんの一瞬前に登場したにすぎません。
ヒトをヒトたらしめた進化の道筋を、化石と分子データからたどってみましょう。
ヒトは哺乳類の中の霊長類(サル目)に属します。 霊長類は新生代に樹上生活者として多様化したグループで、以下のような特徴をもっています。
これらはすべて、木の枝から枝へ飛び移る樹上生活への適応です。 ヒトの祖先が樹から降りて直立二足歩行を始めたとき、樹上で鍛えられた手の器用さと視覚能力が、道具の使用と高度な知的活動を可能にしました。
ヒトに最も近縁な現生動物はチンパンジー(とボノボ)です。 分子時計による推定では、ヒトとチンパンジーの系統が分かれたのは約700万年前ごろとされています。
人類を他の類人猿から区別する最も重要な特徴が直立二足歩行です。 アフリカの約700万年前の地層から見つかったサヘラントロプスの化石は、最古の人類化石の候補とされています。
人類の進化は一本道ではなく、多くの種が枝分かれしては絶滅するという「枝分かれの繰り返し」でした。 これまでに20種あまりの人類化石が見つかっています。
| 段階 | 代表的な種 | 時期(約) | 脳容積 | おもな特徴 |
|---|---|---|---|---|
| 猿人 | アルディピテクス・ラミダス(ラミダス猿人) | 約440万年前 | 300〜350 cm3 | 最古級の猿人。直立二足歩行の初期段階 |
| 猿人 | アウストラロピテクス | 400〜200万年前 | 400〜500 cm3 | 直立二足歩行。脳は小さい |
| 原人 | ホモ・エレクトス | 180〜30万年前 | 750〜1200 cm3 | 石器の使用。火の利用。アフリカからアジアへ分布拡大 |
| 旧人 | ネアンデルタール人 | 40〜約3万年前 | 1200〜1600 cm3 | ヨーロッパに分布。埋葬の文化 |
| 新人 | ホモ・サピエンス | 約20万年前〜現在 | 1000〜2000 cm3 | 言語。高度な道具。芸術。世界中に分布拡大 |
現生人類であるホモ・サピエンス(Homo sapiens)は、約20万年前にアフリカで誕生したと考えられています。 その後、約10万年前にアフリカを出て(出アフリカ)、世界中に分布を広げました。
ホモ・サピエンスの起源の推定には、ミトコンドリアDNAの解析が重要な役割を果たしました。ミトコンドリアDNAは母親からのみ遺伝し、組換えが起きないため、変異の蓄積速度が一定で分子時計として使いやすいという利点があります。世界各地のヒトのミトコンドリアDNAを比較すると、すべてのヒトの系統がアフリカの1人の女性(「ミトコンドリア・イブ」)にさかのぼることがわかっています。これはホモ・サピエンスのアフリカ起源説を支持する重要な根拠です。
教科書では「約20万年前」とされているホモ・サピエンスの誕生時期ですが、2017年にモロッコのジェベル・イルード遺跡から約30万年前のホモ・サピエンスの化石が報告され、起源がさらにさかのぼる可能性が示されました。出アフリカの時期についても、従来の約10万年前よりも早い約6〜7万年前以前の拡散を示す証拠が見つかっています。研究の進展により、今後も年代が更新される可能性があります。
第1編「生物の進化」の14の記事で、生命の起源から人類の誕生までをたどってきました。 化学進化から始まった生命の歴史は、細胞の進化、多細胞化、そして種の爆発的多様化を経て、ついに自らの進化を理解する生物──ヒト──を生み出しました。
この節で学んだ基本事項を確認しましょう。
人類を他の類人猿から区別する最も重要な特徴は何か。
直立二足歩行。これにより両手が自由になり、道具の使用が可能になった。
猿人・原人・旧人・新人を、脳容積が小さい順に並べよ。
猿人(約400〜500 cm³)→ 原人(約750〜1200 cm³)→ 旧人(約1200〜1600 cm³)→ 新人(約1000〜2000 cm³)。脳容積は人類の進化とともに増大した。
ホモ・サピエンスのアフリカ起源説を支持する分子的根拠を1つ述べよ。
世界各地のヒトのミトコンドリアDNAを比較すると、すべての系統がアフリカの1人の女性にさかのぼることがわかっている(ミトコンドリア・イブ)。
この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
次の文中の空欄( ア )〜( オ )に入る適切な語句を答えよ。
ヒトは哺乳類の( ア )類に属する。ヒトに最も近縁な現生動物は( イ )であり、約( ウ )万年前に系統が分かれた。人類を定義する最大の特徴は( エ )である。現生人類( オ )は約20万年前にアフリカで誕生したとされる。
ア:霊長 イ:チンパンジー ウ:700 エ:直立二足歩行 オ:ホモ・サピエンス
ヒトとチンパンジーの分岐年代(約700万年前)は分子時計によって推定されました。直立二足歩行は、最古の人類化石(サヘラントロプス、約700万年前)にも見られるとされます。
(1) 直立二足歩行がヒトの進化に与えた影響を、「手」「道具」「脳」の3語を用いて60字以内で述べよ。
(2) ミトコンドリアDNAが人類の起源推定に適している理由を、「母系遺伝」「組換え」の2語を用いて50字以内で述べよ。
(1) 直立二足歩行で手が自由になり道具の使用が可能となった。道具は食物獲得を効率化し、脳の発達を支えた。(49字)
(2) ミトコンドリアDNAは母系遺伝し、組換えが起きないため変異の蓄積が一定で分子時計として使いやすいから。(49字)
(1) 直立二足歩行→手の自由→道具→脳の発達という因果関係を整理して答えます。「手が自由になった」だけでなく、その結果何が起きたかまで書くことが重要です。
(2) 核のDNAは両親から受け継ぎ、減数分裂で組換えが起きるため系統追跡が複雑になります。ミトコンドリアDNAにはこの問題がなく、純粋な母系の系統をたどることができます。
ヒトとチンパンジーのミトコンドリアDNAの塩基配列(16,500塩基対)を比較したところ、約1,500塩基の違いが見られた。ヒトとゴリラの間では約2,400塩基の違いが見られた。
(1) ヒトとチンパンジーのミトコンドリアDNAの一致率は何%か。小数第1位まで求めよ。
(2) ヒトとチンパンジーの分岐年代が700万年前とすると、ミトコンドリアDNAの置換速度は100万年あたり何塩基か。整数で答えよ。
(3) (2)の置換速度を用いて、ヒトとゴリラの分岐年代を推定せよ。
(1) (16,500 − 1,500) ÷ 16,500 × 100 = 90.9%
(2) 1,500 ÷ 7 = 約214塩基/100万年
(3) 2,400 ÷ 214 ≒ 約1,120万年前
(1) 一致率 = (全塩基数 − 異なる塩基数) ÷ 全塩基数 × 100 で求めます。ヒトとチンパンジーのDNAの一致率が約91%というのは、非常に近縁であることを示しています。
(2) 分子時計の考え方で、置換数÷分岐年代で100万年あたりの置換速度を求めます。
(3) 同じ置換速度を使って、ヒトとゴリラの分岐年代を推定します。実際の推定値(約1,000〜1,200万年前)とおおむね一致します。