第4章 細胞と物質

生体物質と水
─ 生命をつくる「材料」を知る

あなたの体の細胞の約65%は水でできています。
では残りは何でしょうか──タンパク質、脂質、炭水化物、核酸。
生命活動を支えるこれらの物質の正体を、一つひとつ見ていきましょう。

1生命の「材料リスト」─ 体をつくる元素と物質

生物の体を構成する元素の中心は、C(炭素)H(水素)O(酸素)N(窒素)の4つです。 ヒトの体ではこの4元素だけで全質量の約96%を占めています。 さらにP(リン)S(硫黄)を加えた6元素が、有機物を構成する主要な元素です。

生体物質は、炭素を骨格にもつ有機物と、それ以外の無機物(水やイオン)に大別されます。

成分ヒトでの質量比おもなはたらき
約65%溶媒、化学反応の場、温度調節
タンパク質約15%酵素・抗体・ホルモン・構造材料
脂質約13%エネルギー貯蔵、細胞膜の構成
炭水化物約1%エネルギー源(グルコース)、構造材料(セルロース)
核酸約2%遺伝情報の保存(DNA)、タンパク質合成(RNA)
無機物(イオン等)約4%浸透圧の調整、神経伝達、酵素の活性化

2水 ─ 生命を支える「万能の溶媒」

細胞の中で最も多い物質はです。 水が生命に不可欠な理由は、その独特な性質──極性水素結合──にあります。

水の極性と水素結合

水分子(H2O)では、酸素原子が水素原子より強く電子を引きつけるため、酸素側がわずかにマイナス(δ−)、水素側がわずかにプラス(δ+)を帯びています。 このような電気の偏りを極性といいます。

極性をもつ水分子どうしのプラスとマイナスの間に弱い引力が生じます。 これが水素結合です。 1本1本は弱い糸ですが、無数に束ねれば強い綱になる──水のさまざまな特性は、この水素結合から生まれています。

水が生命に適している理由

①すぐれた溶媒 ── 体の中の「運び屋」

極性をもつ水は、イオンや極性分子をよく溶かします。アミノ酸、糖、イオンなど、細胞内で必要な物質の多くは水に溶けた状態で運ばれています。

②高い比熱 ── 体温を守る「断熱材」

比熱が大きいため、温まりにくく冷めにくい。外気温が変動しても細胞内の温度は安定し、酵素反応を安定して行えます。

③高い気化熱 ── 汗で体を冷やせる理由

水が蒸発するとき周囲から大量の熱を奪います。汗をかくと涼しいのは、この気化熱のおかげです。

④化学反応への参加

水は溶媒であるだけでなく、光合成(水の分解→酸素放出)や加水分解反応など、多くの化学反応に直接参加します。

水の比熱が大きいことが生物にとって重要なのか
水分子間の水素結合を切断するために多くの熱エネルギーが必要
そのため水は温まりにくく冷めにくい(比熱が大きい)
外気温が変化しても細胞内の温度が急激に変動しない
酵素は特定の温度範囲で最もよく働くため、温度の安定は代謝の安定に直結する

3炭水化物 ─ エネルギーの「通貨」と「貯金」と「建材」

炭水化物(糖質)は、エネルギー源構造材料という2つの役割をもつ有機物です。 大きさによって単糖・二糖・多糖に分けられます。

分類役割
単糖グルコース(C6H12O6)、フルクトース、リボース細胞呼吸の直接の燃料、核酸の構成要素
二糖スクロース、マルトース、ラクトース体内での輸送形態(スクロース=植物の師管液)
多糖デンプン、グリコーゲン、セルロースエネルギー貯蔵(デンプン、グリコーゲン)、構造材料(セルロース)
発展:デンプンとセルロースの違いはα結合かβ結合か 生物

デンプン・グリコーゲン・セルロースはすべてグルコースの多糖ですが、グルコース間の結合様式が異なります。デンプンとグリコーゲンはα-1,4グリコシド結合(α結合)でつながっており、ヒトのアミラーゼで分解できます。一方セルロースはβ-1,4グリコシド結合(β結合)でつながっており、ヒトはβ結合を切る酵素をもたないため消化できません。「同じ材料(グルコース)でも、つなぎ方が違えばまったく異なる性質になる」──これは入試頻出のテーマです。

4脂質 ─ 膜をつくり、エネルギーを蓄える

脂質は、水に溶けにくく有機溶媒に溶けやすい有機物の総称です。 エネルギー貯蔵と細胞膜の構成という2つの重要な役割をもちます。

  • 脂肪:グリセリン+脂肪酸×3。グルコースの約2倍のエネルギーを蓄えられる「長期定期預金」
  • リン脂質:グリセリン+脂肪酸×2+リン酸。親水性の頭部と疎水性の尾部をもち、リン脂質二重層(細胞膜の基本構造)を自発的に形成する
  • ステロイド:4つの炭素環骨格。コレステロール(膜の流動性調節)、性ホルモンの原料

5核酸とタンパク質 ─ 設計図と実行者

核酸は遺伝情報を担う「設計図」、タンパク質はその設計図をもとに働く「実行者」です。 どちらも基本単位(モノマー)が多数つながった高分子(ポリマー)です。

高分子基本単位種類数結合名
タンパク質アミノ酸20種類ペプチド結合
核酸(DNA・RNA)ヌクレオチド4種類ホスホジエステル結合
多糖単糖数種類グリコシド結合
ポイント:生体高分子の共通設計原理
  • 少数の種類の基本単位が多数つながってできた高分子
  • アルファベット26文字であらゆる文章が書けるように、少ない種類の部品 × 無限の組み合わせ = 多様性
  • 合成は脱水縮合(水が外れて結合)、分解は加水分解(水が加わって切断)

6この章を俯瞰する ─ 生体物質のつながり

水、炭水化物、脂質、核酸、タンパク質──これらはバラバラに存在しているのではなく、細胞という「舞台」の上で深く結びついています。 すべての生体物質は水を舞台に反応し、構造が機能を決めるという共通原則で貫かれています。

この章と他の章のつながり

他の章へのつながりマップ

  • タンパク質 → 4-4「タンパク質の構造」:一次構造〜四次構造の階層性と、構造が機能を決める原則を詳しく学ぶ。
  • 酵素 → 4-5「酵素のはたらき」:タンパク質でできた酵素の基質特異性と反応速度。
  • 細胞膜 → 4-6「細胞膜と物質輸送」:リン脂質二重層の流動モザイクモデルと物質の出入り。
  • 代謝 → 5-1「代謝とエネルギー」:グルコースは呼吸のおもな燃料。脂肪は高効率のエネルギー貯蔵。
  • DNA → 6-1「DNAの構造」:ヌクレオチドがつながった二重らせん構造。

7まとめ

  • 生体の主要元素はC・H・O・N・P・Sの6元素
  • 細胞の最多成分は(約60〜70%)。極性と水素結合が高い比熱・気化熱・溶媒力の源
  • 炭水化物:単糖→二糖→多糖。エネルギー源(デンプン・グリコーゲン)と構造材料(セルロース)
  • 脂質:脂肪(エネルギー貯蔵)、リン脂質(細胞膜)、ステロイド(ホルモン)
  • 核酸(DNA・RNA):ヌクレオチドのポリマー。遺伝情報の保存と伝達
  • タンパク質:アミノ酸のポリマー。酵素・抗体・ホルモン・構造材料と多機能
  • 生体高分子の共通原理:少数の基本単位の組み合わせ → 多様性

8確認テスト

この節で学んだ基本事項を確認しましょう。

Q1

水の比熱が大きいことが生物にとって有利な理由を述べよ。

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解答

外気温が変化しても細胞内の温度が急激に変動しないため、酵素反応などの生命活動を安定して行うことができます。これは水分子間の水素結合が多くの熱エネルギーを吸収するためです。

Q2

デンプンとセルロースはどちらもグルコースからできているが、ヒトはデンプンを消化できてセルロースを消化できない。その理由を述べよ。

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解答

デンプンのグルコース間結合はα結合であり、ヒトのアミラーゼで分解できます。一方セルロースの結合はβ結合であり、ヒトはβ結合を切る酵素をもたないため消化できません。

Q3

生体高分子(タンパク質・核酸・多糖)に共通する設計原理を述べよ。

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解答

いずれも少数の種類の基本単位(モノマー)が多数つながった高分子(ポリマー)であり、少ない種類の部品の組み合わせから多様な分子が生まれるという共通原理をもちます。

9入試問題演習

この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

4-3-1A 基礎知識穴埋め

次の文中の空欄( ア )〜( カ )に入る適切な語句を答えよ。

生体物質は、炭素を骨格にもつ( ア )と、それ以外の( イ )に大別される。( ア )のうち、エネルギー源として利用されるのは( ウ )であり、その最小単位を( エ )という。代表的な( エ )である( オ )の化学式はC6H12O6である。( オ )が多数結合した( カ )には、植物のエネルギー貯蔵物質であるデンプンや、細胞壁の構造材料であるセルロースがある。

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解答

ア:有機物 イ:無機物 ウ:炭水化物(糖質) エ:単糖 オ:グルコース(ブドウ糖) カ:多糖

解説

生体物質の基本的な分類を問う問題です。有機物は炭素を骨格にもつ分子の総称で、タンパク質・核酸・炭水化物・脂質の4種類があります。グルコースは呼吸の直接の燃料であり、多糖はその貯蔵形態や構造材料です。

B 標準レベル

4-3-2B 標準論述

(1) リン脂質が水中で自発的に二重層を形成する理由を、「親水性」「疎水性」の語を用いて50字以内で述べよ。

(2) 牛やシロアリはセルロースを栄養源として利用できる。その理由を20字以内で述べよ。

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解答

(1) 疎水性の尾部が水を避けて内側に集まり、親水性の頭部が外側を向くことで自発的に二重層を形成する。(46字)

(2) 消化管内の共生微生物がセルロースを分解するため。(20字)

解説

(1) リン脂質は親水性の頭部(リン酸基)と疎水性の尾部(脂肪酸)をもつ両親媒性分子です。水中では疎水効果により自発的に二重層を形成します。

(2) 牛やシロアリ自身はβ結合を切る酵素をもちませんが、消化管内に共生する微生物(セルラーゼを産生する細菌や原生生物)がセルロースを分解します。

採点ポイント((1)の論述・6点満点の場合)
  • 疎水性尾部が水を避けて内側に集まることに言及(3点)
  • 親水性頭部が外側を向くことに言及(3点)

C 発展レベル

4-3-3C 発展実験考察

同じ質量(100 g)の水とエタノールを同じ出力のヒーターで加熱した。水の比熱は4.2 J/(g・℃)、エタノールの比熱は2.4 J/(g・℃)とする。

(1) 10分間で水の温度が20℃から30℃に上昇した。水に与えられた熱量を求めよ。

(2) 同じ熱量がエタノールに与えられた場合、エタノールの温度上昇は何℃か。

(3) もし生体の主要な溶媒が水ではなくエタノールのような比熱の小さい液体であった場合、生物にどのような問題が生じるか。50字以内で述べよ。

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解答

(1) 100 g × 4.2 J/(g・℃) × 10℃ = 4200 J(4.2 kJ)

(2) 4200 J ÷ (100 g × 2.4 J/(g・℃)) = 17.5℃

(3) 外気温の変化に対して体内温度が急変し、酵素の最適温度から逸脱して代謝が不安定になる。(42字)

解説

(1) Q = mcΔTで求めます。100 × 4.2 × 10 = 4200 J。

(2) 同じ熱量でも比熱の小さいエタノールは温度上昇が大きくなります。4200 ÷ (100 × 2.4) = 17.5℃。水の温度上昇(10℃)の1.75倍です。

(3) 水の高い比熱は「温度の緩衝装置」として機能しています。比熱の小さい液体では外気温の変動がそのまま体内に影響し、酵素の活性が不安定になります。

採点ポイント((3)の論述・6点満点の場合)
  • 体内温度が急変することに言及(2点)
  • 酵素の最適温度との関連に言及(2点)
  • 代謝が不安定になることに言及(2点)