第4章 細胞と物質

細胞間の情報伝達
─ 細胞どうしの「会話」のしくみ

多細胞生物の体は、数十兆個もの細胞が協力して動いています。
これほど多くの細胞が統制のとれた行動をとれるのは、細胞どうしが「会話」をしているからです。
その会話の方法を見ていきましょう。

1シグナル伝達 ─ 「手紙」を送って「読む」しくみ

細胞間の情報伝達の基本的なしくみは、「信号分子を送る細胞」と「信号を受け取る細胞」の関係で成り立っています。 手紙にたとえるなら、信号分子が「手紙」、受容体が「ポスト」です。

信号分子(リガンド)と受容体

細胞が放出する信号物質をシグナル分子リガンド)といいます。 ホルモン、神経伝達物質、成長因子などがこれにあたります。

シグナル分子を受け取るのは、標的細胞の受容体(レセプター)というタンパク質です。 受容体はシグナル分子の形に合った構造をしており、特定のシグナル分子だけを認識して結合します──酵素の基質特異性と同じ「鍵と鍵穴」の原理です。

同じホルモンが全身に行き渡っても特定の細胞だけが反応するのか
ホルモンは血液を通じて全身に運ばれる
しかし、そのホルモンに対する受容体をもつ細胞(標的細胞)だけが反応する
受容体をもたない細胞には、ホルモンが届いても何も起きない
これが、同じホルモンでも特定の臓器だけに効果がある理由

シグナル伝達の3つの方法

方法距離速度
内分泌(ホルモン)遠距離(全身)遅い(秒〜分)インスリン、甲状腺ホルモン
神経伝達シナプス間隙(ごく近距離)速い(ミリ秒)アセチルコリン、ノルアドレナリン
傍分泌近距離(隣の細胞)中間成長因子、サイトカイン

2細胞接着 ─ 細胞どうしの「握手」

多細胞生物では、細胞どうしが物理的に結合して組織をつくっています。 この結合を細胞接着といいます。 動物細胞の細胞接着にはおもに3つのタイプがあります。

①密着結合 ── 「すき間を塞ぐシール」

密着結合は、隣り合う細胞の細胞膜どうしがタンパク質によって密着する結合です。腸の上皮細胞に見られ、体内と体外を隔てる「シール」の役割を果たします。物質が細胞の間のすき間を通って漏れるのを防ぎます。

②固定結合 ── 「ボルトでつなぐ」

固定結合は、細胞骨格につながったタンパク質(カドヘリンなど)による機械的に強い結合です。接着結合やデスモソームなどがあり、筋肉や上皮によく見られます。カドヘリンは同じ種類のカドヘリンをもつ細胞どうしを選択的に結合させるため、同じ種類の細胞が集まって組織をつくるしくみに関わっています。

③ギャップ結合 ── 「内線電話」

ギャップ結合は、膜タンパク質が2つの細胞の間をつないで小さなトンネルをつくり、イオンやアミノ酸などの低分子が直接隣の細胞に移動できる構造です。心筋細胞の同期した収縮には、このギャップ結合が重要な役割を果たしています。

発展:植物の原形質連絡 生物

植物細胞には細胞壁があるため、動物のような細胞接着はできません。代わりに、細胞壁を貫く原形質連絡と呼ばれる管状の構造を通じて、隣接する細胞どうしが直接物質をやり取りしています。原形質連絡の内部は滑面小胞体でつながっており、動物のギャップ結合に相当する機能を果たしています。

3この章を俯瞰する ─ 第4章の総まとめ

第4章の7本の記事で、細胞の基本(4-1)から始まり、構造(4-2)、生体物質(4-3)、タンパク質(4-4)、酵素(4-5)、物質輸送(4-6)、情報伝達(4-7)と、細胞を支える「しくみ」を一通り学びました。 次の第5章では、これらの知識を土台にして「代謝」──細胞内のエネルギーのやりとり──を詳しく見ていきます。

この章と他の章のつながり

他の章へのつながりマップ

  • ホルモン → 11-1「植物ホルモン」/ 体内環境の維持:ホルモンはシグナル分子の一種。受容体をもつ標的細胞だけに作用する。
  • シナプス → 9-3「シナプスと興奮の伝達」:神経伝達物質はシグナル分子の一種。シナプス後膜の受容体に結合して信号を伝える。
  • 発生 → 7-3「器官形成と誘導」:発生における誘導は、細胞間のシグナル伝達によって行われる。
  • 免疫 → 体内環境の維持:免疫細胞間のサイトカインによる情報伝達が免疫応答を制御する。

4まとめ

  • 細胞間の情報伝達はシグナル分子(リガンド)と受容体の結合で行われる
  • 受容体をもつ標的細胞だけがシグナルに反応する(鍵と鍵穴の原理)
  • 情報伝達の方法:内分泌(ホルモン・遠距離)、神経伝達(速い・近距離)、傍分泌(近隣の細胞)
  • 細胞接着の3タイプ:密着結合(シール)、固定結合(カドヘリン)、ギャップ結合(直接連絡)
  • カドヘリンは同じ種類の細胞を選択的に結合させ、組織形成に関わる
  • 植物では原形質連絡が細胞壁を貫いて細胞間の物質交換を行う

5確認テスト

この節で学んだ基本事項を確認しましょう。

Q1

ホルモンが全身に行き渡っても特定の細胞だけが反応する理由を述べよ。

▶ クリックして解答を表示
解答

そのホルモンに対する受容体をもつ標的細胞だけがホルモンと結合して反応するため。受容体をもたない細胞にはホルモンが届いても効果がない。

Q2

動物細胞の細胞接着の3つのタイプを挙げ、それぞれのおもなはたらきを簡潔に述べよ。

▶ クリックして解答を表示
解答

①密着結合:細胞間のすき間を塞いで物質の漏れを防ぐ。②固定結合:カドヘリンなどで細胞どうしを機械的に強くつなぐ。③ギャップ結合:小分子やイオンが直接隣の細胞に移動できるトンネルをつくる。

6入試問題演習

この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

4-7-1A 基礎知識穴埋め

次の文中の空欄( ア )〜( エ )に入る適切な語句を答えよ。

細胞間の情報伝達は、シグナル分子(( ア ))が標的細胞の( イ )に結合することで行われる。ホルモンのように血液を通じて遠距離に信号を伝える方法を( ウ )という。隣り合う細胞どうしを機械的に結合するタンパク質として( エ )が知られている。

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解答

ア:リガンド イ:受容体(レセプター) ウ:内分泌 エ:カドヘリン

解説

リガンドと受容体の結合は酵素の基質特異性と同じ「鍵と鍵穴」の原理です。カドヘリンは同じ種類の細胞を選択的に結合させるため、発生における組織形成にも重要な役割を果たします。

B 標準レベル

4-7-2B 標準論述

(1) 内分泌(ホルモン)による情報伝達と神経伝達の違いを、「速度」「距離」の2点から比較して述べよ。

(2) カドヘリンが「同じ種類のカドヘリンをもつ細胞どうしを選択的に結合させる」性質は、多細胞生物の組織形成にどのように役立つか。40字以内で述べよ。

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解答

(1) 内分泌は血液を通じて全身に信号を伝えるが速度は遅い(秒〜分)。神経伝達はシナプスという近距離で信号を伝えるが速度は非常に速い(ミリ秒)。

(2) 同じ種類の細胞が集まって組織をつくることを可能にし、異なる組織の細胞が混ざるのを防ぐ。(42字)

解説

(1) 体の恒常性維持のように持続的・全身的な調節にはホルモンが、危険回避のような瞬時の反応には神経伝達が適しています。

(2) 発生の過程でバラバラの細胞が集合して組織をつくるとき、カドヘリンの同種結合性が「同じ種類の細胞だけが集まる」しくみを提供します。これを「細胞選別」といい、発生学(第7章)で重要なテーマです。

採点ポイント((2)の論述・4点満点の場合)
  • 同じ種類の細胞が集まることに言及(2点)
  • 組織形成に寄与することに言及(2点)