第5章 代謝

呼吸①
─ 解糖系とクエン酸回路

あなたが食べたご飯のグルコースは、細胞の中でどのように分解されてエネルギーになるのでしょうか。
呼吸の最初の2段階──「解糖系」と「クエン酸回路」は、グルコースを段階的に分解し、エネルギーを取り出す準備をする過程です。
まるで原料を少しずつ加工していく工場の流れ作業を見ていきましょう。

1呼吸の全体像 ─ 3段階の分業

呼吸(細胞呼吸)は、有機物(おもにグルコース)を酸素を使って完全に分解し、ATPを合成する過程です。 全体の反応式は次のとおりです。

C6H12O6 + 6O2 + 6H2O → 6CO2 + 12H2O + エネルギー(ATP)

この反応は一気に起きるのではなく、3つの段階に分かれて段階的に進みます。 まるで工場の流れ作業のように、前の工程の産物が次の工程の原料になるのです。

段階反応の場おもな産物酸素の要否
①解糖系細胞質基質ピルビン酸、ATP(2分子)、NADH不要
②クエン酸回路ミトコンドリアのマトリックスCO2、ATP(2分子)、NADH、FADH2不要(直接は)
③電子伝達系ミトコンドリアの内膜H2O、ATP(最大34分子)必要
ポイント:呼吸の3段階を覚えるコツ
  • 解糖系=「糖を解く」。グルコースをピルビン酸に分解。細胞質基質で行う
  • クエン酸回路=ピルビン酸をCO2に完全分解。マトリックスで行う
  • 電子伝達系=NADH・FADH2のエネルギーでATPを大量合成。内膜で行う(次記事)
  • ATP合成の大部分(約90%)は③電子伝達系で起きる

2解糖系 ─ グルコースを「半分に割る」

解糖系は、1分子のグルコース(C6)を2分子のピルビン酸(C3)に分解する過程です。 10段階の酵素反応からなり、細胞質基質で行われます。 名前のとおり「糖を解く(分解する)」反応です。

解糖系のポイント

  • グルコース(C6)→ ピルビン酸(C3)× 2
  • ATP:最初に2分子消費し、後半で4分子合成 → 差し引き2分子のATPを獲得
  • NAD+が水素を受け取ってNADHになる(2分子のNADHが生じる)
  • 酸素は不要 → 解糖系は嫌気的条件でも進む
発展:NADHは「エネルギーの運び屋」 生物

NAD+補酵素の一種で、基質から水素(電子とH+)を受け取ってNADHになります。NADHは「水素(=電子)を載せたトラック」のようなもので、電子伝達系(5-3)に水素を運び、そこでATP合成のエネルギー源になります。解糖系とクエン酸回路でつくられるNADHとFADH2は、直接ATPにはなりませんが、電子伝達系で大量のATPに変換されます。

3クエン酸回路 ─ CO2を吐き出す「回転工場」

解糖系で生じたピルビン酸は、ミトコンドリアのマトリックスに取り込まれ、クエン酸回路(TCA回路、クレブス回路)で処理されます。

ピルビン酸からアセチルCoAへ

まず、ピルビン酸(C3)はアセチルCoA(C2)に変換されます。 このときCO2が1分子放出され、NADHが1分子生じます。 グルコース1分子からピルビン酸は2分子生じるので、この反応も2回起きることに注意してください。

クエン酸回路の回転

アセチルCoA(C2)はオキサロ酢酸(C4)と結合してクエン酸(C6)をつくります。 クエン酸はいくつかの酵素反応を経て段階的に分解され、最終的にオキサロ酢酸に戻ります。 つまり、オキサロ酢酸は消費されてもまた再生される──これが「回路」と呼ばれる理由です。 工場のベルトコンベアが同じ場所に戻ってくるイメージです。

クエン酸回路1回転あたりの収支

  • CO22分子放出(+ピルビン酸→アセチルCoA変換時の1分子で計3分子/ピルビン酸1分子あたり)
  • NADH:3分子(+ピルビン酸変換時の1分子で計4分子)
  • FADH21分子
  • ATP(GTP):1分子

グルコース1分子からピルビン酸は2分子生じるので、上記をすべて2倍します。

呼吸でCO2が放出されるのはどの段階か
解糖系(細胞質基質)ではCO2は放出されない
ピルビン酸→アセチルCoAの変換でCO2が1分子放出(×2)
クエン酸回路の回転中にCO2が2分子放出(×2)
合計:グルコース1分子あたりCO2 6分子(反応式のCO2の係数と一致)

4ここまでの収支 ─ ATPはまだ少ない

解糖系とクエン酸回路を合わせた、グルコース1分子あたりの収支をまとめます。

段階ATPNADHFADH2CO2
解糖系2200
ピルビン酸→アセチルCoA0202
クエン酸回路2624
合計41026

ここまでで直接合成されたATPはわずか4分子。 しかし、10分子のNADHと2分子のFADH2が蓄えられています。 これらの「エネルギーの運び屋」が、次の電子伝達系(5-3)で最大34分子のATPに変換されます。 つまり、解糖系とクエン酸回路は「エネルギーを準備する段階」であり、ATPの大量合成は次の段階に委ねられているのです。

ポイント:グルコース1分子あたりの呼吸の全収支(3段階合計)

解糖系(2 ATP)+ クエン酸回路(2 ATP)+ 電子伝達系(最大34 ATP)= 最大38 ATP

5この章を俯瞰する ─ 呼吸の前半戦

この章と他の章のつながり

他の章へのつながりマップ

  • 電子伝達系 → 5-3「呼吸②」:NADHとFADH2のエネルギーでATPを大量合成する最終段階。
  • 発酵 → 5-4「発酵」:解糖系まで進んだピルビン酸が、酸素なしで処理される経路。
  • ATP → 5-1「代謝とエネルギー」:呼吸で合成されたATPが生命活動全般のエネルギー源になる。
  • ミトコンドリア → 4-2「細胞の構造」:クエン酸回路はマトリックス、電子伝達系は内膜(クリステ)で行われる。

6まとめ

  • 呼吸は解糖系クエン酸回路電子伝達系の3段階で進む
  • 解糖系:細胞質基質でグルコース(C6)→ ピルビン酸(C3)×2。ATP 2分子、NADH 2分子。酸素不要
  • ピルビン酸→アセチルCoA:CO2放出、NADH生成
  • クエン酸回路:マトリックスでアセチルCoAをCO2に完全分解。NADH・FADH2を大量に生成
  • ここまでのATPはわずか4分子。エネルギーの大部分はNADHFADH2に蓄えられている
  • グルコース1分子あたりCO26分子放出される(クエン酸回路まで)
  • 呼吸全体では最大38 ATP/グルコース

7確認テスト

この節で学んだ基本事項を確認しましょう。

Q1

呼吸の3段階の名前と、それぞれの反応の場を答えよ。

▶ クリックして解答を表示
解答

①解糖系(細胞質基質)、②クエン酸回路(ミトコンドリアのマトリックス)、③電子伝達系(ミトコンドリアの内膜)。

Q2

解糖系で1分子のグルコースから生じるATPとNADHの分子数をそれぞれ答えよ。

▶ クリックして解答を表示
解答

ATP 2分子、NADH 2分子。解糖系では最初に2 ATPを消費し、後半で4 ATPが合成されるため、差し引き2 ATPの獲得です。

Q3

クエン酸回路が「回路」と呼ばれる理由を簡潔に述べよ。

▶ クリックして解答を表示
解答

アセチルCoAと結合してクエン酸をつくるオキサロ酢酸が、反応の最後に再生されて元に戻る循環的な反応経路だからです。

8入試問題演習

この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

5-2-1A 基礎知識穴埋め

次の文中の空欄( ア )〜( オ )に入る適切な語句を答えよ。

呼吸の第1段階である( ア )は( イ )で行われ、グルコースを( ウ )に分解する。第2段階の( エ )は( オ )で行われ、炭素を含む化合物をCO2に完全分解する。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

ア:解糖系 イ:細胞質基質 ウ:ピルビン酸 エ:クエン酸回路 オ:ミトコンドリアのマトリックス

解説

呼吸の3段階と反応の場の対応は入試で最も頻出のテーマです。「解糖系=細胞質基質」「クエン酸回路=マトリックス」「電子伝達系=内膜」を確実に覚えましょう。

B 標準レベル

5-2-2B 標準計算論述

(1) グルコース1分子が呼吸で完全に分解されたとき、放出されるCO2の分子数を求めよ。また、CO2が放出される段階(解糖系・クエン酸回路・電子伝達系)をすべて答えよ。

(2) 解糖系とクエン酸回路で直接合成されるATPが合計4分子と少ないにもかかわらず、呼吸全体では最大38分子のATPが合成される理由を、「NADH」「電子伝達系」の語を用いて50字以内で述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) CO26分子。放出される段階はクエン酸回路(ピルビン酸→アセチルCoA変換を含む)。解糖系と電子伝達系ではCO2は放出されない。

(2) 解糖系とクエン酸回路で生じたNADHとFADH2が電子伝達系でATP合成に使われ、大量のATPが合成されるから。(50字)

解説

(1) グルコースC6H12O6の炭素数は6。すべての炭素がCO2として放出されるため、CO2は6分子です。

(2) 呼吸で直接合成されるATPは少ないですが、解糖系とクエン酸回路で10分子のNADH+2分子のFADH2が生成されます。これらが電子伝達系で最大34分子のATPに変換されるため、全体では38分子のATPが得られます。

採点ポイント((2)の論述・6点満点の場合)
  • NADH・FADH2がエネルギーを運ぶことに言及(3点)
  • 電子伝達系でATPが大量合成されることに言及(3点)

C 発展レベル

5-2-3C 発展実験考察

ミトコンドリアを単離し、さまざまな基質を与えてO2消費量とCO2放出量を測定した。

条件基質O2消費CO2放出
Aグルコースなしなし
Bピルビン酸ありあり

(1) 条件Aでグルコースが利用されなかった理由を、解糖系の反応の場に着目して30字以内で述べよ。

(2) 条件BでCO2が放出された理由を、反応名を示して30字以内で述べよ。

(3) 条件BでO2が消費された理由を、反応名を示して30字以内で述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 解糖系は細胞質基質で行われるため、単離ミトコンドリアでは進行しないから。(30字)

(2) ピルビン酸がクエン酸回路で分解されてCO2が放出されたから。(29字)

(3) 電子伝達系で酸素が最終的な電子受容体として消費されたから。(28字)

解説

(1) 単離ミトコンドリアには細胞質基質がないため、解糖系の酵素が存在せず、グルコースをピルビン酸に分解できません。

(2) ピルビン酸はミトコンドリアに直接取り込まれ、クエン酸回路で完全に分解されます。

(3) 酸素は電子伝達系の最終段階で使われます。次の記事(5-3)で詳しく学びますが、電子伝達系で電子を最終的に受け取るのが酸素であり、水が生成されます。