お酒、パン、ヨーグルト──これらの食品に共通するものは何でしょうか。
答えは「発酵」。微生物が酸素なしで有機物を分解し、エネルギーを得る過程です。
呼吸の「非常用電源」ともいえるこのしくみを見ていきましょう。
発酵とは、酸素を使わずに有機物を分解してATPを合成する過程です。 発酵で行われるATP合成は、呼吸の最初のステップである解糖系と共通しています。 つまり、発酵は「解糖系だけを使ったエネルギー生産」だといえます。
呼吸ではピルビン酸がさらにクエン酸回路と電子伝達系で分解されて最大38 ATPが得られますが、発酵ではピルビン酸は完全には分解されず、ATPはわずか2分子しか得られません。 効率は呼吸の約1/19ですが、酸素がない環境でもエネルギーを得られるのが利点です。
酵母(出芽酵母など)は、酸素がない環境でグルコースをエタノール(アルコール)とCO2に分解します。
C6H12O6 → 2C2H5OH + 2CO2 + 2ATP
この反応がお酒づくり(エタノールの生成)やパンづくり(CO2でパン生地が膨らむ)に利用されています。
乳酸菌は、グルコースを乳酸に分解します。CO2は発生しません。
C6H12O6 → 2C3H6O3 + 2ATP
ヨーグルトや漬物づくりに利用されています。 また、ヒトの筋肉でも激しい運動時に酸素供給が間に合わないとき、一時的に乳酸発酵と同じ反応(解糖)が起き、乳酸が蓄積します。
| アルコール発酵 | 乳酸発酵 | |
|---|---|---|
| 生物 | 酵母 | 乳酸菌、ヒトの筋肉 |
| 最終産物 | エタノール + CO2 | 乳酸 |
| CO2 | 発生する | 発生しない |
| ATP | 2分子 | 2分子 |
| 利用例 | 酒・パン | ヨーグルト・漬物 |
酵母はミトコンドリアをもつ真核生物であり、酸素がある環境では呼吸を行います。酸素がなくなるとアルコール発酵に切り替えます。つまり酵母は、環境に応じて呼吸と発酵を使い分ける「二刀流」の生物です。このことは、発酵が呼吸の「代替手段」であることを示しています。
嫌気条件(酸素なし)で発酵を行っている酵母に酸素を与えると、発酵が抑制されて呼吸に切り替わる現象が観察されます。 これをパスツール効果といいます。 酸素が存在すると、効率のよい呼吸(38 ATP)が行われるため、効率の悪い発酵(2 ATP)が抑制されるのです。 この現象は、フランスの科学者パスツールによって発見されました。
この節で学んだ基本事項を確認しましょう。
アルコール発酵と乳酸発酵の反応式をそれぞれ書け。
アルコール発酵:C₆H₁₂O₆ → 2C₂H₅OH + 2CO₂(+2ATP)。乳酸発酵:C₆H₁₂O₆ → 2C₃H₆O₃(+2ATP)。アルコール発酵ではCO₂が出るが、乳酸発酵ではCO₂は出ない。
発酵で得られるATPがグルコース1分子あたり2分子にすぎない理由を述べよ。
発酵では解糖系のみでATPを合成し、クエン酸回路や電子伝達系は利用しない(酸素がないため)。解糖系で合成されるATPが2分子だけなので、呼吸の最大38分子に比べて非常に少ない。
この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
発酵に関する記述として正しいものをすべて選べ。
①・②・⑤
③は誤り(乳酸発酵ではCO₂は発生しない)。④は誤り(38 ATPは呼吸の値。発酵では2 ATPのみ)。
(1) 発酵でピルビン酸をエタノールや乳酸に変換する目的を、「NAD⁺」の語を用いて50字以内で述べよ。
(2) 酵母が酸素のある環境と酸素のない環境でそれぞれ行う代謝を答え、ATP合成量の違いを説明せよ。
(1) ピルビン酸の変換でNADHをNAD⁺に酸化し、解糖系に必要なNAD⁺を再生して解糖系を回し続けるため。(47字)
(2) 酸素あり:呼吸(最大38 ATP/グルコース)。酸素なし:アルコール発酵(2 ATP/グルコース)。呼吸のほうが約19倍効率が高い。
(1) NAD⁺の再生が発酵の本質的な目的です。解糖系ではNAD⁺が水素を受け取ってNADHになりますが、NAD⁺がなくなると解糖系が止まります。呼吸では電子伝達系でNADHを酸化してNAD⁺を再生しますが、酸素がないとそれができません。
(2) 酵母は「二刀流」で、環境に応じて切り替えます。酸素があるときは効率のよい呼吸を行い、酸素がないときは効率は落ちますが発酵でATPを確保します。