第9章 動物の刺激の受容と反応

ニューロンと興奮の伝導
─ 体内を駆けめぐる「電気信号」

熱いものに触れた瞬間、手は考えるよりも先に引っ込みます。
このとき体の中では、ニューロンという特殊な細胞が電気信号を発生させ、驚くべき速さで情報を伝えています。
その仕組みを、イオンの動きから理解していきましょう。

1ニューロンの構造 ─ 情報を伝える「電線」

神経系を構成する基本単位がニューロン(神経細胞)です。 ニューロンは、電気信号を発生させて他の細胞に伝えることに特化した細胞です。 いわば、体の中を走る「電線」のような存在です。

ニューロンの3つの部分

ニューロンは、大きく3つの部分からなります。

①細胞体 ── ニューロンの「司令塔」

細胞体には核があり、タンパク質合成などの基本的な細胞活動が行われています。他のニューロンからの信号を受け取り、信号を出すかどうかの「判断」をする場所です。

②樹状突起 ── 信号の「受信アンテナ」

樹状突起は、細胞体から木の枝のように分岐して広がる短い突起です。他のニューロンや受容器からの信号を受け取る「受信アンテナ」の役割を果たします。

③軸索 ── 信号を送る「送電線」

軸索(神経繊維)は、細胞体から長く伸びた1本の突起です。ここを電気信号が走り、他のニューロンや効果器(筋肉など)へ情報を伝えます。長いものでは1 m以上になることもあります。

髄鞘(ミエリン鞘)── 絶縁テープの役割

脊椎動物の多くのニューロンでは、軸索にシュワン細胞が何重にも巻きついて髄鞘(ミエリン鞘)を形成しています。 髄鞘は電気を通しにくい絶縁体の役割を果たし、信号の伝達速度を大幅に速めます。

髄鞘は軸索全体を覆っているわけではなく、ところどころに髄鞘のない隙間があります。 この隙間をランビエ絞輪といいます。 髄鞘をもつ軸索を有髄神経繊維、もたない軸索を無髄神経繊維といいます。

ニューロンの3つの種類

種類伝える方向はたらき
感覚ニューロン受容器 → 中枢感覚器官からの情報を脳や脊髄へ伝える
介在ニューロン中枢内脳や脊髄の中で情報を処理・統合する
運動ニューロン中枢 → 効果器脳や脊髄からの指令を筋肉や腺へ伝える
ポイント:ニューロンの構造と種類
  • ニューロン=細胞体樹状突起(受信)+軸索(送信)
  • 髄鞘(シュワン細胞)が軸索を絶縁し、伝導速度を高める
  • 髄鞘の切れ目=ランビエ絞輪
  • 3種類:感覚(受容器→中枢)、介在(中枢内)、運動(中枢→効果器)

2静止電位 ─ 待機中のニューロン

ニューロンが信号を伝える仕組みを理解するには、まず「何もしていないとき」の状態を知る必要があります。

細胞膜を挟んだイオンの偏り

ニューロンの細胞膜には、ナトリウムポンプ(Na+-K+ポンプ)というタンパク質が埋め込まれています。 このポンプはATPのエネルギーを使って、Na+を細胞の外へ、K+を細胞の中へ絶えず運んでいます。

その結果、ニューロンの内側はNa+が少なくK+が多い状態、外側はその逆の状態になっています。 ちょうど、ダムの片側に水をためているような「エネルギーが蓄えられた状態」だと考えてください。

静止電位 = −70〜−60 mV

興奮していないニューロンでは、一部のカリウムチャネルが常に開いているため、K+が濃度勾配に従って細胞外へ流出します。 正の電荷をもつK+が出ていくことで、細胞の内側は外側に対して負の電位になります。

この安定した電位差(約−70〜−60 mV)を静止電位といいます。 ニューロンは静止状態でも「マイナスに帯電した状態」を維持しており、これを「分極している」と表現します。

静止電位が負の値になるのか
ナトリウムポンプがNa+を外へ、K+を中へ運ぶ(ATPを消費)
細胞内はK+濃度が高く、Na+濃度が低い状態になる
一部のK+チャネルが常に開いており、K+濃度勾配に従って外へ流出
正の電荷(K+)が出ていくことで、細胞内側が負に帯電(−70〜−60 mV)

3活動電位 ─ ニューロンが「発火」するとき

静止状態のニューロンに十分な刺激が加わると、膜電位が一瞬だけ急激に変化します。 この急激な電位変化を活動電位といいます。 ニューロンが「発火」する瞬間です。

活動電位が生じるしくみ

ニューロンの細胞膜には、電位依存性ナトリウムチャネルが存在します。 このチャネルは、ふだんは閉じていますが、膜電位が閾値(いきち)を超えると一斉に開きます。

  1. 脱分極:刺激によって膜電位が閾値を超えると、Na+チャネルが開き、Na+が一気に細胞内に流入する。膜電位は負から正へと反転し、+30〜+60 mVまで上昇する
  2. 再分極:Na+チャネルはすぐに閉じる。代わりにK+チャネルが開き、K+が細胞外へ流出することで膜電位は元に戻る
  3. 過分極:K+チャネルが閉じるのが少し遅れるため、一時的に静止電位より低い電位になる

この一連の変化はわずか約1ミリ秒(1/1000秒)で完了します。 まるでドアを一瞬だけ開けてすぐ閉めるような、きわめて短い変化です。

ポイント:活動電位の3ステップ
  • ①脱分極:Na+流入 → 膜電位が−70 mVから+30〜+60 mVへ
  • ②再分極:K+流出 → 膜電位が元に戻る
  • ③過分極:K+チャネルの閉鎖遅延 → 一時的に静止電位より低くなる
発展:イオンチャネルの「電位依存性」を整理する 生物

活動電位の理解で混乱しやすいのが「どのチャネルがいつ開くのか」です。整理すると、静止時に開いているのはK+チャネルの一部だけです。刺激で閾値を超えると電位依存性Na+チャネルが開く(脱分極)。このNa+チャネルはすぐ閉じ、遅れて電位依存性K+チャネルが開く(再分極)。このタイミングのずれが活動電位の波形をつくっています。

4興奮の伝導 ─ 信号はどう伝わるか

ニューロンの1か所で活動電位が生じると、その信号は軸索に沿って伝わっていきます。 この現象を興奮の伝導といいます。

伝導のしくみ ─ 局所電流

活動電位が生じた場所では、膜の内側が一時的にプラスになっています。 一方、隣の部分はまだマイナス(静止電位)のままです。 このプラスとマイナスの差によって、膜に沿って局所電流が流れます。

この局所電流が隣の部分のNa+チャネルを刺激して、そこでも活動電位が生じます。 こうして活動電位が「ドミノ倒し」のように次々と伝わっていくのが、伝導のしくみです。

跳躍伝導 ─ 髄鞘がある場合

有髄神経繊維では、髄鞘が絶縁体として軸索を覆っているため、イオンの出入りはランビエ絞輪の部分でしか起こりません。 そのため、活動電位はランビエ絞輪から次のランビエ絞輪へと「飛び石」のように跳んで伝わります。 これを跳躍伝導といいます。

無髄神経繊維有髄神経繊維
伝導の仕方連続的に伝わる跳躍伝導(ランビエ絞輪間を跳ぶ)
伝導速度遅い(1〜2 m/s程度)速い(最大120 m/s)
無脊椎動物の神経脊椎動物の運動神経・感覚神経
ポイント:伝導の方向性
  • 軸索上の伝導は、刺激された点から両方向に伝わりうる
  • ただし、活動電位の直後は不応期(Na+チャネルが反応しない期間)があるため、同じ場所で連続して興奮が起きることはない
  • この不応期の存在が、信号が逆戻りするのを防いでいる
発展:跳躍伝導が速い理由 生物

跳躍伝導が速いのは、「局所電流の到達距離が長くなる」ためです。無髄神経ではイオンが膜全体から漏れるため局所電流はすぐ減衰しますが、有髄神経では髄鞘が絶縁するため電流の減衰が小さく、次のランビエ絞輪まで十分な強さで到達します。つまり、髄鞘は「電気の漏れを防ぐ絶縁テープ」として機能し、信号を遠くまで一気に飛ばすのです。

5全か無かの法則 ─ 0か100か

ニューロンへの刺激を少しずつ強くしていくと、面白いことがわかります。

弱い刺激では活動電位は生じません。しかし、刺激が閾値を超えた瞬間、活動電位が「全力で」発生します。 それ以上刺激を強くしても、活動電位の大きさ(振幅)は変わりません。

つまり、ニューロンの反応は「生じないか、全力で生じるか」の二択──これを全か無かの法則といいます。 照明のスイッチに似ています。スイッチを軽く押しても灯りはつかず、しっかり押せば全力で点灯する。押す力をさらに強くしても、明るさは変わりません。

では、刺激の「強さ」はどう伝えるのか?

1つの活動電位の大きさは常に同じなのに、強い痛みと弱い痛みをどう区別しているのでしょうか。 答えは活動電位の頻度です。強い刺激ほど、単位時間あたりに発生する活動電位の回数が多くなります。 つまり、「1発の大きさ」ではなく「1秒間に何発撃つか」で情報の強さを表現しているのです。

ポイント:全か無かの法則
  • 閾値未満の刺激 → 活動電位は生じない
  • 閾値以上の刺激 → 活動電位が最大の振幅で発生
  • 刺激をさらに強くしても振幅は変わらない
  • 刺激の強さは活動電位の頻度(発生回数/秒)で伝える

6この章を俯瞰する ─ 神経系の情報伝達

この記事では、ニューロンの構造、静止電位と活動電位のしくみ、そして興奮の伝導を学びました。 ニューロンの中を走る「電気信号」の全体像が見えてきたでしょうか。

「イオンの動き」が信号をつくる

ニューロンの信号は、金属の電線を流れる電気とは違います。 Na+とK+というイオンの出入りが膜電位の変化を生み、それが隣の領域に波及していく──この「イオンのバケツリレー」が神経の電気信号の正体です。

この章と他の章のつながり

他の章へのつながりマップ

  • シナプス → 9-3「シナプスと興奮の伝達」:ニューロン間の接続部(シナプス)では、電気信号が神経伝達物質という化学物質に変換されて次のニューロンに伝えられる。
  • 受容器 → 9-1「刺激の受容」:眼や耳などの受容器が刺激を電気信号に変換する。この信号が感覚ニューロンの活動電位として中枢へ伝導される。
  • 筋収縮 → 9-5「効果器と筋収縮」:運動ニューロンの軸索末端から信号を受けた筋肉が収縮する。このとき、ATPのエネルギーが使われる。
  • 能動輸送 → 4-6「細胞膜と物質輸送」:ナトリウムポンプはATPを使った能動輸送の代表例。静止電位の維持に不可欠。
  • ATP → 5-1「代謝とエネルギー」:ナトリウムポンプは大量のATPを消費する。脳が安静時でも全身の約20%のエネルギーを使う理由がここにある。

7まとめ

  • ニューロン細胞体樹状突起軸索からなり、電気信号で情報を伝える
  • 髄鞘(シュワン細胞)は軸索を絶縁し、伝導速度を高める。切れ目がランビエ絞輪
  • 静止電位(約−70 mV)は、ナトリウムポンプとK+チャネルによってつくられる
  • 活動電位:刺激が閾値を超えるとNa+チャネルが開き、膜電位が急激に反転する(脱分極→再分極→過分極)
  • 興奮の伝導局所電流が隣の部分のチャネルを刺激し、活動電位がドミノ倒し式に伝わる
  • 有髄神経では跳躍伝導が起き、伝導速度は最大約120 m/s
  • 全か無かの法則:活動電位は閾値以上で常に一定の振幅。刺激の強さは頻度で表現する

8確認テスト

この節で学んだ基本事項を確認しましょう。

Q1

ニューロンの3つの構造(細胞体・樹状突起・軸索)のそれぞれの役割を答えよ。

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解答

細胞体:核をもち、タンパク質合成などの細胞活動の中心。樹状突起:他のニューロンからの信号を受け取る。軸索:活動電位を伝導し、他の細胞に信号を送る。

Q2

静止電位が負の値をとる理由を、K+の動きに着目して説明せよ。

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解答

ナトリウムポンプによって細胞内のK+濃度が高く保たれており、一部のK+チャネルが常に開いているため、K+が濃度勾配に従って細胞外へ流出します。正の電荷をもつK+が出ていくことで、細胞内側が外側に対して負の電位になります。

Q3

「全か無かの法則」とは何か。また、刺激の強さはどのように伝えられるか。

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解答

全か無かの法則とは、ニューロンへの刺激が閾値を超えると常に一定の振幅の活動電位が生じ、刺激をさらに強くしても振幅は変わらないという法則です。刺激の強さは、単位時間あたりの活動電位の発生頻度(回数)によって伝えられます。

9入試問題演習

この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。基礎(A)から発展(C)まで段階的に取り組んでみてください。

A 基礎レベル

9-2-1 A 基礎 知識 穴埋め

次の文中の空欄( ア )〜( キ )に入る適切な語句を答えよ。

神経系を構成する基本単位である( ア )は、核をもつ( イ )と信号を受け取る( ウ )、信号を伝える( エ )からなる。脊椎動物では、( エ )にシュワン細胞が巻きつき( オ )を形成している。( オ )の切れ目を( カ )という。興奮していない状態の膜電位を( キ )といい、その値は約−70〜−60 mVである。

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解答

ア:ニューロン(神経細胞) イ:細胞体 ウ:樹状突起 エ:軸索(神経繊維) オ:髄鞘(ミエリン鞘) カ:ランビエ絞輪 キ:静止電位

解説

ニューロンの基本構造に関する問題です。軸索は「神経繊維」とも呼ばれます。髄鞘は電気を通しにくい絶縁体の役割を果たし、跳躍伝導によって伝導速度を高めます。ランビエ絞輪は髄鞘の切れ目であり、ここでイオンの出入りが起こります。

B 標準レベル

9-2-2 B 標準 論述

興奮の伝導に関する次の問いに答えよ。

(1) 活動電位が生じるとき、膜電位が急激に正の値に変化する理由を、イオンの動きに着目して40字以内で述べよ。

(2) 有髄神経繊維では跳躍伝導が起こる。無髄神経繊維と比べて伝導速度が速い理由を50字以内で述べよ。

(3) 興奮が軸索上を一方向にしか伝わらない理由を、「不応期」の語を用いて40字以内で述べよ。

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解答

(1) 電位依存性Na+チャネルが開き、Na+が細胞外から細胞内へ一気に流入するため。(38字)

(2) 髄鞘が絶縁体となり、活動電位がランビエ絞輪間を跳んで伝わるため、伝導距離が大きくなるから。(45字)

(3) 活動電位の直後にNa+チャネルが不応期に入り、同じ場所で再び興奮できないから。(39字)

解説

(1) 静止状態ではNa+チャネルは閉じており、K+の流出で膜電位は負に保たれています。刺激が閾値を超えると電位依存性Na+チャネルが開き、細胞外の高濃度Na+が一気に流入するため、膜電位は+30〜+60 mVまで上昇します。

(2) 無髄神経では活動電位が膜に沿って連続的に伝わりますが、有髄神経では髄鞘が絶縁体として局所電流の減衰を防ぐため、次のランビエ絞輪まで電流が届きます。結果として活動電位が「飛び飛び」に発生し、伝導速度は数十倍〜百倍も速くなります。

(3) 活動電位が生じた直後のNa+チャネルは不応期に入り、一時的に開くことができません。そのため、活動電位は「すでに興奮した場所」には戻れず、まだ興奮していない方向にだけ伝わります。

採点ポイント((2)の論述・6点満点の場合)
  • 髄鞘が絶縁体であることに言及(2点)
  • ランビエ絞輪間を跳んで伝わることに言及(2点)
  • 伝導速度が速くなることに言及(2点)

C 発展レベル

9-2-3 C 発展 実験考察 計算

カエルの坐骨神経を用いて、以下の実験を行った。

【実験】神経繊維上の2点A、Bに記録電極を設置した(A−B間の距離は48 mm)。点Aから十分離れた位置で電気刺激を与え、各電極に活動電位が到達した時刻を記録したところ、点Aに到達した時刻は刺激後2.0ミリ秒、点Bに到達した時刻は刺激後3.6ミリ秒であった。

(1) この神経繊維の伝導速度を求めよ。単位はm/sで答えよ。

(2) この実験でA−B間の距離を2倍の96 mmにした場合、伝導速度はどうなると予想されるか。理由とともに答えよ。

(3) この神経繊維を37℃から5℃に冷却した場合、伝導速度はどうなると予想されるか。理由を「酵素」と「イオンチャネル」の語を用いて50字以内で述べよ。

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解答

(1)

A−B間の距離:48 mm = 0.048 m

A−B間の到達時間差:3.6 − 2.0 = 1.6ミリ秒 = 0.0016 s

伝導速度 = 0.048 m ÷ 0.0016 s = 30 m/s

(2) 伝導速度は変わらない。伝導速度は神経繊維の性質(直径、髄鞘の有無など)で決まるものであり、測定距離には依存しないため。

(3) 低温ではナトリウムポンプなどの酵素活性が低下し、イオンチャネルの開閉も遅くなるため、伝導速度は低下する。(50字)

解説

(1) 2点間の距離と到達時間差から伝導速度を計算します。刺激点からA、Bまでの距離は異なりますが、A−B間の距離と到達時間差を使えば、刺激点の位置に関係なく伝導速度が求められます。30 m/sはカエルの有髄神経繊維として妥当な値です。

(2) 伝導速度は神経繊維の物理的・生理学的性質(軸索の直径、髄鞘の有無、温度など)で決まります。測定区間を変えても、同じ神経繊維を使う限り伝導速度は変わりません。

(3) ナトリウムポンプはATPaseという酵素であり、低温ではその活性が低下します。また、イオンチャネルの開閉にかかわるタンパク質の構造変化も温度に依存するため、チャネルの開閉速度が遅くなります。これらの結果、伝導速度は低下します。

採点ポイント((3)の論述・6点満点の場合)
  • 酵素活性の低下に言及(3点)
  • イオンチャネルの開閉が遅くなることに言及(3点)