前節で学んだように、1本のニューロン上では活動電位が電気的に伝導します。
しかし、ニューロンとニューロンの間には隙間があり、電気信号はそのまま渡れません。
では、この隙間をどうやって情報が飛び越えるのか?
ここでは「化学物質を使ったバトンパス」のしくみを見ていきましょう。
軸索の末端(神経終末)は、次のニューロンの細胞体や樹状突起、あるいは筋肉などの効果器と、ごく狭い隙間を隔てて接しています。 この接続部分全体をシナプスといいます。 リレーのバトンを渡す場所のようなものです。
シナプスは、次の3つの部分からできています。
ここで重要なのは、シナプス小胞は神経終末(シナプス前膜側)にしかないということです。 この非対称な構造が、興奮の「一方向性」を生み出します(後述)。
ニューロンと骨格筋が接続する部分のシナプスを神経筋接合部といい、筋肉側の後膜は終板と呼ばれます。ここでは運動神経からアセチルコリンが放出され、筋収縮が引き起こされます。構造の基本原理はニューロン間のシナプスと同じです。
シナプスでの情報伝達は、電気信号(活動電位)を一度化学信号(神経伝達物質)に変換し、再び電気信号に戻すという巧妙なしくみで行われます。 これを興奮の伝達といいます。
シナプスでの伝達が速やかに終了するのは、放出された神経伝達物質が素早く除去されるためです。アセチルコリンの場合、シナプス間隙にあるアセチルコリンエステラーゼという酵素によって速やかに分解されます。ノルアドレナリンの場合は、シナプス前膜から再取り込みされます。こうして伝達が短時間で完了し、次の信号に備えられるのです。
神経伝達物質にはさまざまな種類があり、それぞれ異なるはたらきをもっています。 高校生物で押さえるべき主な神経伝達物質は次のとおりです。
| 神経伝達物質 | 放出される場所 | おもな作用 |
|---|---|---|
| アセチルコリン | 運動神経の末端、副交感神経の末端 | 骨格筋の収縮、心拍数の低下など |
| ノルアドレナリン | 交感神経の末端 | 心拍数の増加、血管収縮など |
| グルタミン酸 | 中枢神経系(脳・脊髄) | 興奮性の伝達(中枢で最も多い興奮性伝達物質) |
| GABA(γ-アミノ酪酸) | 中枢神経系(脳・脊髄) | 抑制性の伝達(中枢で最も多い抑制性伝達物質) |
たとえるなら、アセチルコリンやノルアドレナリンは「末梢の現場で使われるバトン」、グルタミン酸やGABAは「脳の中で使われるバトン」です。 同じ「バトンパス」でも、渡すバトンの種類によって、次のニューロンを興奮させるか抑制するかが決まるのです。
交感神経の末端からはノルアドレナリンが放出され、副交感神経と運動神経の末端からはアセチルコリンが放出されます。「交感=ノル、副交感・運動=アセチル」と対にして覚えましょう。なお、交感神経・副交感神経ともに、中枢側の節前ニューロンの末端からはアセチルコリンが放出されます。
シナプスでの伝達には、次のニューロンを「興奮させるもの」と「抑制するもの」の2種類があります。 どちらになるかは、放出される神経伝達物質の種類と、シナプス後膜のイオンチャネルの種類によって決まります。
神経伝達物質がシナプス後膜のNa+チャネルに結合してNa+が流入すると、膜電位が正の方向に変化します(脱分極)。 この電位変化を興奮性シナプス後電位(EPSP: Excitatory Postsynaptic Potential)といいます。
EPSPを発生させるシナプスを興奮性シナプスといいます。 ただし、1つのEPSPだけでは膜電位が閾値に達しないことが多く、通常は複数のEPSPが重なることで初めて活動電位が発生します。
一方、神経伝達物質がCl−チャネルに結合してCl−が流入すると、膜電位がさらに負の方向に変化します(過分極)。 この電位変化を抑制性シナプス後電位(IPSP: Inhibitory Postsynaptic Potential)といいます。
IPSPが生じると、膜電位が閾値からさらに遠ざかるため、活動電位が生じにくくなります。 IPSPを発生させるシナプスを抑制性シナプスといいます。
1つのニューロンには、通常多数のニューロンがシナプスを形成しています。 それぞれのシナプスから送られてくるEPSPとIPSPは、シナプス後細胞で足し合わされます(加重)。
加重の結果、膜電位が閾値を超えれば活動電位が発生し、超えなければ興奮しません。 つまり、ニューロンはシナプスから送られる多数の信号を「足し算」して、興奮するかどうかを「判断」しているのです。
1つのニューロンには数百〜数万のシナプスが形成されています。それぞれから届くEPSPとIPSPの総和によって、そのニューロンが発火するかどうかが決まります。この「加重+閾値判定」のしくみこそが、神経系による情報の統合・処理の基本原理です。脳の高度な情報処理も、この単純なしくみの膨大な繰り返しで実現されています。
ニューロン上の伝導は両方向に起こりえますが、シナプスでの伝達は必ず一方向です。 なぜでしょうか?
理由はシナプスの非対称な構造にあります。 神経伝達物質を含むシナプス小胞はシナプス前膜側(神経終末)にしかなく、神経伝達物質の受容体はシナプス後膜側にしかありません。
したがって、情報は常にシナプス前細胞 → シナプス後細胞の方向にしか伝わりません。 逆方向には神経伝達物質が放出されないので、信号が戻ることはないのです。
これは「伝導」と「伝達」の重要な違いです。
| 伝導 | 伝達 | |
|---|---|---|
| 場所 | 1つのニューロン上(軸索) | シナプス(ニューロン間) |
| しくみ | 活動電流(電気的) | 神経伝達物質(化学的) |
| 方向 | 両方向に伝わりうる(不応期により実質一方向) | 一方向のみ(シナプス前→後) |
| 速度 | 速い | 伝導よりやや遅い(シナプス遅延がある) |
シナプスでの伝達には、Ca2+の流入 → シナプス小胞の膜融合 → 神経伝達物質の拡散 → 受容体への結合、という多段階の過程が必要なため、伝導に比べてわずかな時間的遅れ(シナプス遅延、約0.5〜1ミリ秒)が生じます。反射弧にシナプスが多いほど反応時間が長くなるのはこのためです。
ニューロン間の情報伝達は、「電気信号を化学信号に変換し、隙間を渡してから再び電気信号に戻す」というしくみです。 このしくみのおかげで、単に信号を中継するだけでなく、興奮と抑制の使い分けや、複数の信号の統合(加重)が可能になっています。
この節で学んだ基本事項を確認しましょう。
シナプスにおける興奮の伝達の過程を、「Ca2+」「シナプス小胞」「神経伝達物質」「受容体」の語を用いて説明せよ。
活動電位が神経終末に到達すると電位依存性Ca2+チャネルが開き、Ca2+が流入する。Ca2+濃度の上昇によりシナプス小胞がシナプス前膜と融合し、中の神経伝達物質がシナプス間隙に放出される。神経伝達物質がシナプス後膜の受容体(伝達物質依存性イオンチャネル)に結合すると、イオンチャネルが開いてシナプス後細胞の膜電位が変化する。
EPSPとIPSPの違いを、流入するイオンの種類と膜電位の変化の方向を示して説明せよ。
EPSP(興奮性シナプス後電位)はNa+の流入による脱分極で、膜電位が正の方向に変化して興奮を促進する。IPSP(抑制性シナプス後電位)はCl−の流入による過分極で、膜電位がさらに負の方向に変化して興奮を抑制する。
シナプスにおける興奮の伝達が一方向にしか行われない理由を述べよ。
シナプス小胞はシナプス前膜側(神経終末)にしか存在せず、受容体はシナプス後膜側にしか存在しないため、神経伝達物質の放出と受容は常にシナプス前細胞からシナプス後細胞の方向にしか起こらないから。
交感神経の末端と副交感神経の末端から放出される神経伝達物質をそれぞれ答えよ。
交感神経の末端:ノルアドレナリン。副交感神経の末端:アセチルコリン。
この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
次の文中の空欄( ア )〜( カ )に入る適切な語句を答えよ。
ニューロンの軸索末端(神経終末)は、次のニューロンとの間にごく狭い隙間を隔てて接続しており、この接続部分を( ア )という。隙間を( イ )といい、その幅は約20〜50 nmである。神経終末には( ウ )を含む( エ )が多数存在する。興奮が神経終末に到達すると、( エ )が前膜と融合して( ウ )がシナプス間隙に放出される。( ウ )は後膜にある( オ )に結合し、イオンチャネルが開く。( エ )は神経終末にしか存在しないため、興奮の伝達は( カ )にしか行われない。
ア:シナプス イ:シナプス間隙 ウ:神経伝達物質 エ:シナプス小胞 オ:受容体(伝達物質依存性イオンチャネル) カ:一方向
シナプスの基本構造と伝達のしくみを問う問題です。シナプス小胞が「前膜側にしかない」ことが一方向性の根拠であることは、論述でも頻出です。
3つのニューロンN1、N2、N3が、1つのニューロンN4とシナプスを形成している。各ニューロンを個別または同時に刺激したとき、N4で観察された膜電位変化は以下のとおりであった。
(1) N1とN3を同時に刺激したときにN4で活動電位が発生した理由を説明せよ。
(2) N1とN2を同時に刺激したとき、N4ではシナプス後電位はほとんど発生しなかった。この理由を説明せよ。
(3) N1、N2、N3を同時に刺激したとき、N4で活動電位は発生しなかった。この理由を説明せよ。
(4) N2からN4へのシナプスの名称を答えよ。
(1) N1とN3からのEPSPが空間的に加重(加算)されて膜電位が閾値を超えたため、N4で活動電位が発生した。
(2) N1からのEPSP(脱分極)とN2からのIPSP(過分極)が加重されて互いに打ち消し合ったため、膜電位の変化がほとんど生じなかった。
(3) N1とN3のEPSPの合計にN2のIPSPが加重されることで、膜電位が閾値に達しなかったため。
(4) 抑制性シナプス
(1) 個々のEPSPは閾値未満でも、複数の興奮性シナプスからの入力が同時に到達すると加重(空間的加重)により閾値を超えることがあります。
(2)(3) ニューロンは多数のシナプスから受け取るEPSPとIPSPの「差し引き計算」で発火するかどうかを決定しています。IPSPの寄与が大きいと、EPSPだけでは閾値に達しなくなります。
(4) IPSPを発生させるシナプスを「抑制性シナプス」といいます。N2からの神経伝達物質(GABAなど)がCl−チャネルを開き、過分極を引き起こします。
(1) 活動電位が神経終末に到達してからシナプスでの伝達が起こるしくみについて、「シナプス後膜」「伝達物質依存性イオンチャネル」「閾値」の語をすべて用いて、150字程度で説明せよ。
(2) シナプスでは軸索から次の細胞へと情報が伝わるが、逆方向に戻ることはない。その理由を80字以内で説明せよ。
(3) シナプスでの興奮の伝達が速やかに終了する理由を、「酵素」「分解」の語を用いて50字以内で説明せよ。
(1) 活動電位が神経終末に到達すると電位依存性Ca2+チャネルが開き、Ca2+の流入によりシナプス小胞がシナプス前膜と融合して神経伝達物質が放出される。神経伝達物質はシナプス後膜にある伝達物質依存性イオンチャネルに結合してチャネルを開き、Na+等の流入でシナプス後電位が生じ、閾値を超えると活動電位が発生する。(152字)
(2) 神経伝達物質を含むシナプス小胞は神経終末にのみ存在し、受容体はシナプス後膜にのみ存在するため、伝達はシナプス前細胞から後細胞への一方向に限られる。(72字)
(3) シナプス間隙の酵素により神経伝達物質が速やかに分解され、受容体から離れるため。(39字)
(1) 「Ca2+流入→シナプス小胞の融合→神経伝達物質放出→後膜の受容体結合→イオンチャネル開口→シナプス後電位→閾値超えで活動電位」という一連の流れを正確に記述します。指定語句をすべて含めることに注意しましょう。
(2) 一方向性の根拠は構造の非対称性です。「小胞が前膜側にしかない」「受容体が後膜側にしかない」の2点を含めましょう。
(3) アセチルコリンの場合、アセチルコリンエステラーゼという酵素によって速やかに分解されます。ノルアドレナリンの場合は再取り込みが主な除去機構ですが、この問題では「酵素」「分解」を使うよう指定されているため、アセチルコリンを念頭に解答します。