第12章 生態系

生態系のバランス
─ かく乱と復元

台風が森林をなぎ倒し、山火事が草原を焼き、洪水が河川敷を洗い流す。こうした「破壊」は生態系にとって悪いことだけではありません。
適度なかく乱は、むしろ多様な種が共存するための「リセットボタン」として機能します。
一方で、ある1種がいなくなるだけで生態系全体が崩壊することもあります。生態系のバランスを支えるしくみを見ていきましょう。

1生態系のバランスと復元力 ─ 「もとに戻る力」

生態系では、生物の個体数や生物量が常に変動しています。 しかし、その変動が一定の範囲内にとどまっているかぎり、生態系のバランスは保たれています。

たとえば、台風で森林の一部が破壊されても、周囲の植生から種子が供給されたり、土壌中の種子が発芽したりすれば、遷移によってやがて同じような植生が回復します。 このように、生態系は外力の作用に対してもとの状態に戻ろうとする力を備えています。これを復元力(回復力、レジリエンス)といいます。

復元力をこえる破壊

しかし、復元力をこえるほどの大規模な破壊が起きると、もとの状態には戻れなくなります。 たとえば、過度の放牧や森林伐採が続くと、土壌が流出して草原が砂漠に変わってしまい、原因を取り除いても簡単には回復しません。

たとえ話で理解する

生態系のバランスは、ボウルの中のボールにたとえるとわかりやすいでしょう。ボウルの底にあるボールを少し押しても、やがて底に戻ります(復元力)。しかし、あまりに強く押すとボールはボウルの縁をこえて外に飛び出してしまい、もう底には戻りません(復元力をこえた破壊)。

ポイント:生態系のバランスと復元力
  • 変動が一定範囲内 → バランスが保たれている
  • 復元力(レジリエンス)= 外力に対してもとの状態に戻ろうとする力
  • 復元力をこえる破壊 → もとに戻れない(草原の砂漠化など)
  • 生物多様性が高い生態系ほど、バランスを保ちやすい

2かく乱 ─ 生態系を揺さぶる外力

既存の生態系やその一部を破壊するような外的要因をかく乱(撹乱、disturbance)といいます。 かく乱には、自然に生じるものと、人間が引き起こすものがあります。

種類具体例
自然のかく乱台風、洪水、山火事、火山噴火、津波、地震による地滑り
人為的かく乱森林伐採、焼き畑、草刈り、ダム建設、農薬散布

かく乱は一見「悪いこと」に思えますが、実は競争によって排除されていた種に再生の機会を与えるはたらきがあります。 優占種が独占していた資源(光や空間)が解放されることで、ほかの種が侵入して生育できるようになるのです。

中規模かく乱仮説

では、かく乱はどの程度が「ちょうどよい」のでしょうか。

  • かく乱が大きすぎる・頻繁すぎる → 多くの種が壊滅し、かく乱に強い種だけが残る → 種多様性は低下
  • かく乱がまったくない → 競争に強い種だけが生き残る → 種多様性は低下
  • 中程度のかく乱 → 競争に弱い種も含めて多くの種が共存 → 種多様性は最大

このように、かく乱の強さや頻度が中程度のとき、種多様性が最も高くなるという考えを中規模かく乱仮説(中規模撹乱仮説)といいます。

中程度のかく乱で種多様性が最大になるのか
かく乱がないと、競争に強い種(優占種)がほかの種を排除してしまう
中程度のかく乱が起きると、優占種の一部が除去されて空いた場所や資源が出現する
そこに競争に弱い種も侵入・生育できるようになる
結果として、競争に強い種も弱い種も共存し、種多様性が最大になる

中規模かく乱仮説の具体例

ギャップの形成:森林で台風や大木の倒壊によって林冠に隙間(ギャップ)ができると、そこに光が差し込み、陽樹や草本が侵入して生育できます。 森林全体が消失すれば多くの種が失われますが、適度な大きさのギャップであれば、陽樹と陰樹が共存し、森林全体の種多様性はむしろ増加します。

サンゴ礁:オーストラリアのサンゴ礁では、波浪によるかく乱が中程度の場所でサンゴの種数が最も多いことが知られています。波浪が弱い場所では競争力の大きいサンゴが他種を排除し、波浪が強い場所では耐性のある種しか生き残れません。

3キーストーン種 ─ 「要の石」を抜くと崩壊する

生態系の中には、その存在の有無が生物多様性に大きな影響を及ぼす種が含まれています。 そのような種をキーストーン種(keystone species)といいます。 キーストーン(要石)とは、石造アーチの頂点にある石のことで、それを抜くとアーチ全体が崩壊します。

ペインの実験 ─ ヒトデの除去実験

アメリカの生態学者ペインは、北アメリカの海岸の岩礁帯で野外実験を行いました。 岩礁にはヒトデ、ヒザラガイ、カサガイ、イガイ(ムラサキイガイ)、フジツボ、カメノテなどが付着して生活しています。 ヒトデはこれらの動物を捕食する最高次の捕食者です。

ペインが実験区からすべてのヒトデを取り除いたところ、以下の変化が起きました。

  1. まずフジツボが増えて岩礁をおおった
  2. 続いてムラサキイガイが岩礁をおおった(競争力が最も強い)
  3. 岩礁上の生育空間を失い、藻類が激減 → カサガイやヒザラガイも消滅
  4. 結局、15種の岩礁生物が8種にまで減少した

一方、ヒトデを除去しなかった対照区では変化は見られませんでした。 つまり、ヒトデの捕食によってムラサキイガイやフジツボが岩礁をおおいつくすことが抑制され、多種が共存できていたのです。 ヒトデは、この岩礁帯におけるキーストーン種だったのです。

ポイント:キーストーン種のまとめ
  • キーストーン種 = 存在の有無が生態系全体の多様性に大きく影響する種
  • 多くの場合、食物連鎖の上位にある捕食者がキーストーン種となる
  • 個体数は少なくても、生態系のバランスに決定的な影響を及ぼす
  • ペインの実験:ヒトデ(キーストーン種)を除去 → 種数が15種から8種に激減

4間接効果 ─ 「回り回って」影響する

食物連鎖において、ある2種間の「食う─食われる」の直接的な関係が、別の種の個体数に間接的に影響を与えることがあります。これを間接効果といいます。

ラッコ─ウニ─ジャイアントケルプの例

北太平洋の沿岸では、次の食物連鎖が見られます。

ジャイアントケルプ(大型の海藻)← 捕食 ← ウニ ← 捕食 ← ラッコ

ラッコがウニを捕食することで、ウニの個体数が抑えられ、ジャイアントケルプが食べ尽くされずに維持されます。 しかし、ラッコが毛皮目的の乱獲で激減すると、ウニが爆発的に増加し、ケルプの森が消失してしまいました。

ラッコとケルプは直接の関係はありませんが、ウニを介して間接的に影響し合っています。 ラッコはこの生態系においてキーストーン種であるといえます。

発展:トップダウン効果とボトムアップ効果 生物

上位の捕食者が下位の栄養段階の個体数を制御する効果をトップダウン効果(上位制御)といいます。逆に、生産者の量が上位の栄養段階を制御する効果をボトムアップ効果(下位制御)といいます。ペインの実験やラッコの例はトップダウン効果の典型例です。実際の生態系では、両方の効果が同時にはたらいています。

5外来生物の影響 ─ バランスを崩す「招かれざる客」

本来は分布していない場所に、人間の活動によって移入され定着した生物を外来生物(外来種)といいます。 外来生物は在来の生態系のバランスを大きく崩す原因となります。

外来生物が在来種に与える影響

  • 捕食:在来種を直接食べてしまう(例:オオクチバスによる在来魚の捕食)
  • 競争:在来種と食物や生息場所を奪い合い、排除する(例:セイタカアワダチソウの繁殖による在来植物の減少)
  • 交雑:在来種と交雑し、在来種固有の遺伝子が失われる
  • 病気や寄生虫の持ち込み:在来種が耐性をもたない病原体を持ち込む

日本では、特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法)により、オオクチバス、ブルーギル、フイリマングースなどが特定外来生物に指定され、飼育・栽培・運搬などが規制されています。

外来生物は在来の生態系を大きく乱すのか
在来の生態系では、長い進化の歴史を通じて種間関係(捕食・競争など)のバランスがとれている
外来生物はそのバランスの「外」から侵入するため、天敵がいなかったり、在来種に防御手段がなかったりする
外来生物が爆発的に増加したり、在来種を一方的に捕食・排除したりする
食物網のバランスが崩れ、在来種の絶滅や生態系全体の変質が起きる

6この章を俯瞰する ─ 生態系は「壊れて」「直って」を繰り返す

生態系は決して「変わらないもの」ではなく、台風や山火事などのかく乱と、それに対する復元力のせめぎ合いの中でバランスを保っています。適度なかく乱は種の多様性を高め、キーストーン種の存在は食物網のバランスを維持します。しかし、外来生物の侵入や人間活動による過度のかく乱は、復元力をこえた破壊を引き起こし、生態系を取り返しのつかない状態に追い込むことがあります。

この章と他の章のつながり

他の章へのつながりマップ

  • 物質循環とエネルギーの流れ → 12-1:物質循環のバランスが崩れること(温暖化・富栄養化)も生態系のかく乱の一形態。
  • 遷移と植生 → 11-3:かく乱後の回復は遷移そのもの。ギャップの形成は二次遷移の出発点。
  • 種間関係 → 11-2:キーストーン種の理解には、捕食や種間競争の知識が不可欠。
  • 生物多様性と保全 → 12-3:外来生物の影響は生物多様性の危機の主要因の1つ。

7まとめ

  • 復元力(レジリエンス):生態系がかく乱を受けても、もとの状態に戻ろうとする力
  • かく乱:既存の生態系を破壊する外的要因。自然的なもの(台風・山火事)と人為的なもの(森林伐採)がある
  • 中規模かく乱仮説:かく乱の強さや頻度が中程度のとき、種多様性が最大になる
  • キーストーン種:その存在が生態系の種多様性に決定的な影響を及ぼす種(例:ヒトデ)
  • 間接効果:食物連鎖を通じて、直接関係のない種に間接的に影響が及ぶこと(例:ラッコ→ウニ→ケルプ)
  • 外来生物:人間の活動で本来の分布域外に移入された生物。在来種の捕食・競争・交雑で生態系を乱す
  • 生物多様性が高い生態系ほど、バランスを保ちやすい

8確認テスト

この節で学んだ基本事項を確認しましょう。

Q1

生態系の「復元力(レジリエンス)」とは何か。簡潔に述べよ。

▶ クリックして解答を表示
解答

かく乱によって生態系の一部が破壊されても、もとの状態に戻ろうとする力のこと。

Q2

「中規模かく乱仮説」の内容を簡潔に説明せよ。

▶ クリックして解答を表示
解答

かく乱の強さや頻度が中程度のとき、種の多様性が最も高くなるという仮説。大規模なかく乱では多くの種が壊滅し、かく乱がなければ競争に強い種だけが残るため、中程度が最適となる。

Q3

キーストーン種とは何か。ペインのヒトデの実験を例にして説明せよ。

▶ クリックして解答を表示
解答

生態系の種多様性に決定的な影響を及ぼす種のこと。ペインは岩礁帯からヒトデを除去したところ、ムラサキイガイが岩礁を独占して種数が15種から8種に減少した。ヒトデの捕食が競争力の強い種の独占を抑え、多種の共存を可能にしていたため、ヒトデがキーストーン種である。

Q4

外来生物が在来の生態系に与える影響を2つ挙げよ。

▶ クリックして解答を表示
解答

(例)(1) 在来種を直接捕食して個体数を減少させる。(2) 在来種と食物や生息場所をめぐって競争し、在来種を排除する。(ほかに「在来種との交雑」「病気・寄生虫の持ち込み」なども可)

9入試問題演習

この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

12-2-1A 基礎知識穴埋め

次の文中の空欄( ア )〜( オ )に入る適切な語句を答えよ。

生態系は環境の変化に対して、もとの状態に戻ろうとする( ア )を備えている。既存の生態系を破壊する外的要因を( イ )という。( イ )の強さや頻度が中程度のとき、種の多様性が最も高くなるという考えを( ウ )という。生態系の種多様性に大きな影響を及ぼす種を( エ )種という。ある種間の直接的な関係が別の種に間接的に影響を与えることを( オ )という。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

ア:復元力(レジリエンス) イ:かく乱(撹乱) ウ:中規模かく乱仮説 エ:キーストーン オ:間接効果

解説

生態系のバランスに関する基本用語です。復元力は「回復力」「レジリエンス」でも正解です。中規模かく乱仮説では、かく乱が強すぎても弱すぎても種多様性は低下し、中程度のときに最大になります。

B 標準レベル

12-2-2B 標準論述実験考察

ある海岸の岩礁帯に、ヒトデ、イガイ、フジツボ、ヒザラガイ、カサガイ、藻類などが生息している。ヒトデはこれらすべてを捕食する最高次の捕食者である。実験区からヒトデを完全に除去したところ、1年後にイガイとフジツボが著しく増加して岩礁をおおい、その後、藻類やヒザラガイ、カサガイが姿を消した。

(1) ヒトデの除去によって藻類が減少した理由を「岩礁上の空間」の語を用いて50字以内で述べよ。

(2) この実験結果から、ヒトデは生態系においてどのような役割を果たしていたと考えられるか。「競争力」「多様性」の語を用いて60字以内で述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) イガイとフジツボが岩礁上の空間を占有したため、藻類が生育する空間を失って減少した。(40字)

(2) ヒトデは競争力の強いイガイなどの増加を捕食によって抑え、多くの種の共存を可能にして多様性を維持していた。(51字)

解説

(1) イガイやフジツボは岩礁の表面に付着して生活する固着生物です。ヒトデの捕食がなくなると、競争力の強いこれらの種が岩礁を独占し、藻類の生育場所が失われます。藻類の減少は、それを食べるヒザラガイやカサガイの減少にもつながります。

(2) ヒトデはこの岩礁帯のキーストーン種です。最高次の捕食者が、競争に強い種の個体数を抑制することで、結果として多くの種が共存できる環境が維持されていました。これは間接効果の典型例でもあります。

採点ポイント((2)の論述・6点満点の場合)
  • ヒトデの捕食が競争力の強い種の増加を抑制する点(3点)
  • その結果として種の多様性が維持される点(3点)