台風が森林をなぎ倒し、山火事が草原を焼き、洪水が河川敷を洗い流す。こうした「破壊」は生態系にとって悪いことだけではありません。
適度なかく乱は、むしろ多様な種が共存するための「リセットボタン」として機能します。
一方で、ある1種がいなくなるだけで生態系全体が崩壊することもあります。生態系のバランスを支えるしくみを見ていきましょう。
生態系では、生物の個体数や生物量が常に変動しています。 しかし、その変動が一定の範囲内にとどまっているかぎり、生態系のバランスは保たれています。
たとえば、台風で森林の一部が破壊されても、周囲の植生から種子が供給されたり、土壌中の種子が発芽したりすれば、遷移によってやがて同じような植生が回復します。 このように、生態系は外力の作用に対してもとの状態に戻ろうとする力を備えています。これを復元力(回復力、レジリエンス)といいます。
しかし、復元力をこえるほどの大規模な破壊が起きると、もとの状態には戻れなくなります。 たとえば、過度の放牧や森林伐採が続くと、土壌が流出して草原が砂漠に変わってしまい、原因を取り除いても簡単には回復しません。
生態系のバランスは、ボウルの中のボールにたとえるとわかりやすいでしょう。ボウルの底にあるボールを少し押しても、やがて底に戻ります(復元力)。しかし、あまりに強く押すとボールはボウルの縁をこえて外に飛び出してしまい、もう底には戻りません(復元力をこえた破壊)。
既存の生態系やその一部を破壊するような外的要因をかく乱(撹乱、disturbance)といいます。 かく乱には、自然に生じるものと、人間が引き起こすものがあります。
| 種類 | 具体例 |
|---|---|
| 自然のかく乱 | 台風、洪水、山火事、火山噴火、津波、地震による地滑り |
| 人為的かく乱 | 森林伐採、焼き畑、草刈り、ダム建設、農薬散布 |
かく乱は一見「悪いこと」に思えますが、実は競争によって排除されていた種に再生の機会を与えるはたらきがあります。 優占種が独占していた資源(光や空間)が解放されることで、ほかの種が侵入して生育できるようになるのです。
では、かく乱はどの程度が「ちょうどよい」のでしょうか。
このように、かく乱の強さや頻度が中程度のとき、種多様性が最も高くなるという考えを中規模かく乱仮説(中規模撹乱仮説)といいます。
ギャップの形成:森林で台風や大木の倒壊によって林冠に隙間(ギャップ)ができると、そこに光が差し込み、陽樹や草本が侵入して生育できます。 森林全体が消失すれば多くの種が失われますが、適度な大きさのギャップであれば、陽樹と陰樹が共存し、森林全体の種多様性はむしろ増加します。
サンゴ礁:オーストラリアのサンゴ礁では、波浪によるかく乱が中程度の場所でサンゴの種数が最も多いことが知られています。波浪が弱い場所では競争力の大きいサンゴが他種を排除し、波浪が強い場所では耐性のある種しか生き残れません。
生態系の中には、その存在の有無が生物多様性に大きな影響を及ぼす種が含まれています。 そのような種をキーストーン種(keystone species)といいます。 キーストーン(要石)とは、石造アーチの頂点にある石のことで、それを抜くとアーチ全体が崩壊します。
アメリカの生態学者ペインは、北アメリカの海岸の岩礁帯で野外実験を行いました。 岩礁にはヒトデ、ヒザラガイ、カサガイ、イガイ(ムラサキイガイ)、フジツボ、カメノテなどが付着して生活しています。 ヒトデはこれらの動物を捕食する最高次の捕食者です。
ペインが実験区からすべてのヒトデを取り除いたところ、以下の変化が起きました。
一方、ヒトデを除去しなかった対照区では変化は見られませんでした。 つまり、ヒトデの捕食によってムラサキイガイやフジツボが岩礁をおおいつくすことが抑制され、多種が共存できていたのです。 ヒトデは、この岩礁帯におけるキーストーン種だったのです。
食物連鎖において、ある2種間の「食う─食われる」の直接的な関係が、別の種の個体数に間接的に影響を与えることがあります。これを間接効果といいます。
北太平洋の沿岸では、次の食物連鎖が見られます。
ジャイアントケルプ(大型の海藻)← 捕食 ← ウニ ← 捕食 ← ラッコ
ラッコがウニを捕食することで、ウニの個体数が抑えられ、ジャイアントケルプが食べ尽くされずに維持されます。 しかし、ラッコが毛皮目的の乱獲で激減すると、ウニが爆発的に増加し、ケルプの森が消失してしまいました。
ラッコとケルプは直接の関係はありませんが、ウニを介して間接的に影響し合っています。 ラッコはこの生態系においてキーストーン種であるといえます。
上位の捕食者が下位の栄養段階の個体数を制御する効果をトップダウン効果(上位制御)といいます。逆に、生産者の量が上位の栄養段階を制御する効果をボトムアップ効果(下位制御)といいます。ペインの実験やラッコの例はトップダウン効果の典型例です。実際の生態系では、両方の効果が同時にはたらいています。
本来は分布していない場所に、人間の活動によって移入され定着した生物を外来生物(外来種)といいます。 外来生物は在来の生態系のバランスを大きく崩す原因となります。
日本では、特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律(外来生物法)により、オオクチバス、ブルーギル、フイリマングースなどが特定外来生物に指定され、飼育・栽培・運搬などが規制されています。
生態系は決して「変わらないもの」ではなく、台風や山火事などのかく乱と、それに対する復元力のせめぎ合いの中でバランスを保っています。適度なかく乱は種の多様性を高め、キーストーン種の存在は食物網のバランスを維持します。しかし、外来生物の侵入や人間活動による過度のかく乱は、復元力をこえた破壊を引き起こし、生態系を取り返しのつかない状態に追い込むことがあります。
この節で学んだ基本事項を確認しましょう。
生態系の「復元力(レジリエンス)」とは何か。簡潔に述べよ。
かく乱によって生態系の一部が破壊されても、もとの状態に戻ろうとする力のこと。
「中規模かく乱仮説」の内容を簡潔に説明せよ。
かく乱の強さや頻度が中程度のとき、種の多様性が最も高くなるという仮説。大規模なかく乱では多くの種が壊滅し、かく乱がなければ競争に強い種だけが残るため、中程度が最適となる。
キーストーン種とは何か。ペインのヒトデの実験を例にして説明せよ。
生態系の種多様性に決定的な影響を及ぼす種のこと。ペインは岩礁帯からヒトデを除去したところ、ムラサキイガイが岩礁を独占して種数が15種から8種に減少した。ヒトデの捕食が競争力の強い種の独占を抑え、多種の共存を可能にしていたため、ヒトデがキーストーン種である。
外来生物が在来の生態系に与える影響を2つ挙げよ。
(例)(1) 在来種を直接捕食して個体数を減少させる。(2) 在来種と食物や生息場所をめぐって競争し、在来種を排除する。(ほかに「在来種との交雑」「病気・寄生虫の持ち込み」なども可)
この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
次の文中の空欄( ア )〜( オ )に入る適切な語句を答えよ。
生態系は環境の変化に対して、もとの状態に戻ろうとする( ア )を備えている。既存の生態系を破壊する外的要因を( イ )という。( イ )の強さや頻度が中程度のとき、種の多様性が最も高くなるという考えを( ウ )という。生態系の種多様性に大きな影響を及ぼす種を( エ )種という。ある種間の直接的な関係が別の種に間接的に影響を与えることを( オ )という。
ア:復元力(レジリエンス) イ:かく乱(撹乱) ウ:中規模かく乱仮説 エ:キーストーン オ:間接効果
生態系のバランスに関する基本用語です。復元力は「回復力」「レジリエンス」でも正解です。中規模かく乱仮説では、かく乱が強すぎても弱すぎても種多様性は低下し、中程度のときに最大になります。
ある海岸の岩礁帯に、ヒトデ、イガイ、フジツボ、ヒザラガイ、カサガイ、藻類などが生息している。ヒトデはこれらすべてを捕食する最高次の捕食者である。実験区からヒトデを完全に除去したところ、1年後にイガイとフジツボが著しく増加して岩礁をおおい、その後、藻類やヒザラガイ、カサガイが姿を消した。
(1) ヒトデの除去によって藻類が減少した理由を「岩礁上の空間」の語を用いて50字以内で述べよ。
(2) この実験結果から、ヒトデは生態系においてどのような役割を果たしていたと考えられるか。「競争力」「多様性」の語を用いて60字以内で述べよ。
(1) イガイとフジツボが岩礁上の空間を占有したため、藻類が生育する空間を失って減少した。(40字)
(2) ヒトデは競争力の強いイガイなどの増加を捕食によって抑え、多くの種の共存を可能にして多様性を維持していた。(51字)
(1) イガイやフジツボは岩礁の表面に付着して生活する固着生物です。ヒトデの捕食がなくなると、競争力の強いこれらの種が岩礁を独占し、藻類の生育場所が失われます。藻類の減少は、それを食べるヒザラガイやカサガイの減少にもつながります。
(2) ヒトデはこの岩礁帯のキーストーン種です。最高次の捕食者が、競争に強い種の個体数を抑制することで、結果として多くの種が共存できる環境が維持されていました。これは間接効果の典型例でもあります。