地球上には数千万種以上の生物が存在すると推定されています。この豊かな多様性が、私たちの食料・医薬品・きれいな水・安定した気候を支えています。
しかし今、かつてない速さで種が失われつつあります。
生物多様性とは何か、なぜそれが大切なのか、そしてどう守るのかを学びましょう。
生物多様性(biodiversity)とは、単に「種の数が多い」ことだけではありません。 生物の多様さを、遺伝子・種・生態系の3つのレベルでとらえる概念です。
| レベル | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| 遺伝的多様性 (種内の多様性) | 同じ種の中にも、形・色・大きさ・行動などに個体差がある。これは遺伝的変異に基づく | アサリの殻模様の違い、ヒトの血液型の違い |
| 種多様性 (種間の多様性) | ある地域にどれだけ多くの種が、どれだけ偏りなく存在しているか | 熱帯雨林には温帯林よりはるかに多くの種が存在する |
| 生態系多様性 | 森林・草原・河川・干潟・サンゴ礁など、多様な生態系が存在すること | 日本列島には亜寒帯から亜熱帯まで多様なバイオームがある |
生物多様性を図書館にたとえてみましょう。「生態系多様性」は図書館の棚の種類(文学棚・科学棚・歴史棚など)、「種多様性」は棚に並ぶ本の種類の数、「遺伝的多様性」は同じ本でも版の違いや訳者の違いがあることに相当します。どのレベルが欠けても、図書館の価値は大きく損なわれます。
遺伝的多様性が大きいと、環境に変動が起きても、それに対応できる個体が含まれる可能性が高くなり、種が存続しやすくなります。 逆に、遺伝的多様性が低いと、特定の病気や環境変化で一斉に全滅するリスクが高まります。
人間が生態系から受けるさまざまな恩恵のことを生態系サービス(ecosystem services)といいます。 生態系サービスは通常、以下の4つに分類されます。
| 分類 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| 供給サービス | 衣食住・エネルギーを支える資源の供給 | 食料、木材、繊維、医薬品、淡水 |
| 調整サービス | 安全で快適な環境の提供・調整 | 気候の調節、洪水の防止、水の浄化、花粉媒介 |
| 文化的サービス | 精神・文化面での恩恵 | レクリエーション、観光、芸術・宗教の源泉 |
| 基盤サービス | 上記の3つを支える根本的な生態系のはたらき | 光合成による酸素の供給、土壌の形成、栄養塩の循環 |
「供(きょう)・調(ちょう)・文(ぶん)・基(き)」の4つと覚えましょう。供給→調整→文化的の3サービスを、基盤サービスが土台として支えている、というイメージです。
種が地球上から完全にいなくなることを絶滅といいます。 種の絶滅は自然界でも起きてきましたが、現在の絶滅の速度はかつてないほど速く、その主な原因は人間活動です。
近い将来、絶滅のおそれのある種を絶滅危惧種といいます。 絶滅危惧種をまとめたリストをレッドリスト、それを本にまとめたものをレッドデータブックといいます。 IUCN(国際自然保護連合)が世界規模で、環境省が日本国内で、それぞれ作成しています。
日本のレッドリストには、メダカやタガメなど、かつてはごく普通に見られた種も含まれています。 絶滅危惧種は必ずしもめずらしい種ではなく、身近な種が気づかないうちに危機に瀕していることがあるのです。
個体数が減少すると、さまざまな要因が重なって絶滅の危険がさらに高まる悪循環が生じます。 これを絶滅の渦といいます。
この悪循環は、中心に向かって範囲を狭めながら加速する渦の動きにたとえて「絶滅の渦」と名付けられました。
宅地開発や道路建設により、連続していた生息地が分断されると、各個体群(局所個体群)は孤立化します。孤立した小さな個体群では近交弱勢が起きやすく、絶滅の渦に陥りやすくなります。複数の局所個体群が個体の行き来によってつながっている全体をメタ個体群といい、個体の移動(遺伝子流動)があれば遺伝的多様性が維持されて絶滅を防ぐ効果があります。このため、生息地間を結ぶ生態系回廊(コリドー)の設置が保全策として重要です。
貴重な生態系や絶滅危惧種の生息地を保護するため、国立公園や自然保護区などが設定されています。 日本では、環境影響評価法(環境アセスメント法)により、大規模開発の前に生態系への影響を事前に調査・予測・評価することが義務づけられています。
里山とは、人里とその周辺にある農地・草地・雑木林・ため池などがまとまった一帯のことです。 里山は、人間が適度に管理(草刈り・間伐・落ち葉かきなど)することで、遷移の様々な段階が共存し、高い生物多様性が維持されてきました。
水田に暮らすカエル、雑木林で営巣する鳥類、ため池のトンボなど、多様な環境にまたがって生きる生物にとって、里山は理想的な生息地です。 しかし近年、農業の近代化や過疎化により人手が入らなくなり、里山の生態系管理が崩壊しつつあります。 その結果、かつての身近な生き物の多くが絶滅危惧種になっています。
ビオトープ(Biotop)とは、「生物が生息する場」という意味のドイツ語で、人工的に造成された小規模な自然環境のことです。 学校のビオトープ池や、都市部に設けた小さな湿地などがその例です。 失われた生息地の代替として、身近な場所に生物の生活空間を創出する試みです。
破壊された生態系を、もとの自然に近い状態に回復させる取り組みも進んでいます。 日本では自然再生推進法(2003年施行)に基づき、湿地の復元や河川の自然再生プロジェクトなどが各地で行われています。
生物多様性とは、遺伝子・種・生態系の3つのレベルでの多様さです。この多様性が生態系サービスを通じて私たちの生活を支えています。しかし今、生息地の破壊・外来生物・過剰利用・環境汚染の4つの脅威により、かつてないスピードで多様性が失われています。個体数の減少は絶滅の渦を引き起こし、一度失われた種は二度と戻りません。自然保護区の設定、里山の管理、ビオトープの創出、生態系の復元など、さまざまなレベルでの保全活動が求められています。
この節で学んだ基本事項を確認しましょう。
生物多様性の3つのレベルを挙げ、それぞれを簡潔に説明せよ。
(1) 遺伝的多様性(種内の多様性):同じ種の個体間にある遺伝的変異の多様さ。(2) 種多様性:ある地域に存在する種の数と偏りのなさ。(3) 生態系多様性:森林・草原・河川など、多様な生態系が存在すること。
生態系サービスの4つの分類を挙げ、それぞれ1つずつ具体例を述べよ。
(1) 供給サービス:食料や木材の供給。(2) 調整サービス:森林による洪水防止。(3) 文化的サービス:レクリエーションや観光。(4) 基盤サービス:光合成による酸素供給や土壌形成。
「絶滅の渦」とは何か。「近交弱勢」「遺伝的多様性」の語を用いて説明せよ。
個体数が減少すると近親交配が増え、近交弱勢が起きて生存力・繁殖力が低下する。遺伝的多様性もさらに減少し、環境への対応力が低下するため、個体数がいっそう減少する悪循環のこと。
里山の生物多様性が高い理由を、人間の管理との関係を含めて説明せよ。
里山では、草刈り・間伐・落ち葉かきなどの人間による管理によって遷移のさまざまな段階が維持される。水田・雑木林・ため池など多様な環境が組み合わさることで、多くの種が生息できるため、生物多様性が高くなる。
この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
次の文中の空欄( ア )〜( カ )に入る適切な語句を答えよ。
生物多様性は、同種内の遺伝的変異の多様さである( ア )多様性、ある地域に存在する種の多様さである( イ )多様性、森林や草原など多様な環境が存在することを意味する( ウ )多様性の3つのレベルでとらえられる。人間が生態系から受ける恩恵を( エ )という。絶滅のおそれのある種を( オ )種といい、それらをまとめたリストを( カ )という。
ア:遺伝的 イ:種 ウ:生態系 エ:生態系サービス オ:絶滅危惧 カ:レッドリスト
生物多様性の3つのレベルは頻出です。遺伝的多様性は「種内の多様性」、種多様性は「種間の多様性」ともいわれます。レッドリストをまとめた書籍がレッドデータブックですが、近年はオンラインでの公開が主流です。
(1) 遺伝的多様性が低い個体群が絶滅しやすい理由を、「近交弱勢」「環境変化」の語を用いて60字以内で述べよ。
(2) 里山の保全が生物多様性の維持に重要である理由を、「人間の管理」「遷移」の語を用いて60字以内で述べよ。
(1) 近親交配で近交弱勢が生じ生存力が低下するうえ、遺伝的変異が乏しく環境変化に対応できる個体がいないため、絶滅しやすい。(57字)
(2) 人間の管理により遷移の進行が途中で止められ、草原・雑木林・水田など多様な環境が維持されることで、多くの種が生息できるから。(60字)
(1) 個体数の少ない集団では、近親交配の結果、有害な劣性遺伝子がホモ接合で発現しやすくなります(近交弱勢)。さらに、集団全体の遺伝的変異が乏しいため、新たな環境変化に適応できる個体が現れにくく、種全体が衰退します。これが絶滅の渦の核心です。
(2) 里山を放置すると、遷移が進んで極相の森林に移行し、草原やため池に依存する種が失われます。草刈りや間伐など、人間の適度な管理が遷移を途中段階でとどめることで、多様な環境が共存し、高い生物多様性が維持されるのです。
ある湖にA〜Eの5種類の魚が、それぞれ200個体ずつ(合計1000個体)生息している。多様度指数は以下の式で計算される。
多様度指数 = 1 −(各種の頻度の2乗の和)
各種の頻度は、その種の個体数 / 全個体数 で求める。
(1) この湖の多様度指数を求めよ。
(2) 外来種Fが侵入し、A〜Eの個体数がそれぞれ半減(100個体ずつ)した。Fの頻度が0.5であるとき、全個体数と多様度指数を求めよ。
(3) (1)と(2)の結果から、外来生物の侵入が多様度指数に与える影響を述べよ。
(1) 各種の頻度 = 200/1000 = 0.2。多様度指数 = 1 −(0.22 × 5)= 1 − 0.2 = 0.8
(2) A〜Eの合計 = 100 × 5 = 500個体。Fの頻度 = 0.5 なので、Fの個体数を x とすると x/(500+x) = 0.5 → x = 500。全個体数 = 1000個体。A〜Eの各頻度 = 100/1000 = 0.1。多様度指数 = 1 −(0.12 × 5 + 0.52)= 1 −(0.05 + 0.25)= 0.7
(3) 外来種の侵入により、種数は増加したにもかかわらず、外来種の頻度が大きく偏ったため、多様度指数は0.8から0.7に低下した。種数の増加が必ずしも生物多様性の向上を意味しないことがわかる。
多様度指数は、種数だけでなく各種の均等さ(頻度の偏りのなさ)も考慮した指標です。外来種が高い頻度で存在すると、在来種の頻度が小さくなり、頻度に偏りが生じるため、種数が増えても多様度指数は低下します。これは、外来生物の持ち込みによる生物多様性の低下を定量的に理解する良い例です。