卵を加熱すると白く固まり、もう元には戻りません。
このとき、卵白のタンパク質に何が起きているのでしょうか。
「構造が機能を決める」──タンパク質の世界を支配するこの原則を、アミノ酸の配列から立体構造まで見ていきましょう。
タンパク質はアミノ酸が多数つながってできた高分子です。 タンパク質を構成するアミノ酸は20種類あります。 アルファベット26文字であらゆる文章が書けるように、20種類のアミノ酸の組み合わせから10万種類ものタンパク質がつくられています。
すべてのアミノ酸は、1つの炭素原子にアミノ基(−NH2)とカルボキシ基(−COOH)と側鎖(R基)が結合した共通の構造をもっています。 20種類のアミノ酸の違いは側鎖(R基)の違いだけです。 側鎖には、水に溶けやすい親水性のもの、水に溶けにくい疎水性のもの、電荷をもつものなどがあります。
あるアミノ酸のカルボキシ基と別のアミノ酸のアミノ基が、水分子が1つ外れる脱水縮合によって結合します。 この結合をペプチド結合といいます。 アミノ酸が2個以上つながったものをポリペプチドといいます。
タンパク質の構造は、4つの階層に分けて理解できます。 1枚の紙(アミノ酸配列)が段階的に折りたたまれて、最終的に精巧な「折り紙作品」(機能をもつタンパク質)になるイメージです。
| 階層 | 何が決まるか | 安定化する力 |
|---|---|---|
| 一次構造 | アミノ酸の配列順序 | ペプチド結合 |
| 二次構造 | 部分的な折りたたみパターン(αヘリックス・βシート) | 主鎖の水素結合 |
| 三次構造 | 分子全体の立体構造 | 側鎖間の相互作用(疎水結合、ジスルフィド結合、イオン結合、水素結合) |
| 四次構造 | 複数のポリペプチドの会合体 | サブユニット間の相互作用 |
ヘモグロビンはα鎖2本とβ鎖2本の計4本のポリペプチドが会合した四次構造をもちます。β鎖の6番目のアミノ酸がグルタミン酸からバリンに変わる(一次構造の変化)だけで、ヘモグロビンの立体構造が変化し、赤血球が鎌状に変形します(鎌状赤血球症)。たった1つのアミノ酸の違いが重大な疾患を引き起こす──これは「一次構造が機能を決める」原則の典型例であり、入試頻出です。
タンパク質の立体構造は、高温、強酸・強塩基、有機溶媒などによって壊れることがあります。 これを変性といいます。 卵を加熱すると白く固まるのは、卵白のタンパク質が熱で変性し、立体構造が崩れて凝集するためです。
変性したタンパク質はもとの立体構造に戻れない(不可逆的変性)ことが多く、機能も失われます。 これが「構造が機能を決める」ことの裏返しです──形が壊れれば、機能も壊れるのです。
翻訳されたポリペプチドは、正しい立体構造(三次構造)に折りたたまれてはじめて機能をもちます。 この折りたたみ(フォールディング)を補助するタンパク質が分子シャペロンです。 分子シャペロンは、ポリペプチドが誤った形に折りたたまれたり、凝集したりするのを防ぎ、正しいフォールディングに導きます。 高温などのストレス条件下で増加する分子シャペロンは熱ショックタンパク質(HSP)とも呼ばれます。
タンパク質の立体構造の異常が病気を引き起こすこともあります。 プリオンは、正常型プリオンタンパク質が異常な立体構造に変化したものです。 異常型プリオンは、正常型プリオンに接触するとその立体構造を異常型に変換してしまう性質をもち、連鎖的に異常型が増えていきます。 これが狂牛病(BSE)やヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病の原因です。 プリオン病は「構造が機能を決める」という原則の裏側──構造の異常が病気を引き起こす例として重要です。
タンパク質のはたらきは驚くほど多彩です。 体の構造をつくるだけでなく、化学反応を加速し、外敵から体を守り、信号を伝え、物質を運ぶ──まさに「万能選手」です。
| はたらき | 例 |
|---|---|
| 構造をつくる | コラーゲン(骨・皮膚)、ケラチン(毛・爪)、アクチン・チューブリン(細胞骨格) |
| 化学反応を触媒する | 酵素(アミラーゼ、カタラーゼなど) |
| 免疫ではたらく | 抗体(免疫グロブリン) |
| 信号を伝える | ホルモン(インスリンなど)、受容体 |
| 物質を運ぶ | ヘモグロビン(酸素の運搬) |
| 運動にはたらく | ミオシン(筋収縮)、キネシン(細胞内輸送) |
「アミノ酸配列(一次構造)→ 立体構造(三次構造)→ 機能」──この流れはタンパク質の世界を貫く最重要原則です。 次の記事(4-5)で学ぶ酵素は、この原則の最も劇的な例です。
この節で学んだ基本事項を確認しましょう。
タンパク質の構造の4つの階層を答え、それぞれ何が決まるか簡潔に述べよ。
一次構造(アミノ酸の配列順序)、二次構造(部分的な折りたたみ:αヘリックス・βシート)、三次構造(分子全体の立体構造)、四次構造(複数ポリペプチドの会合)。
タンパク質の「変性」とは何か。変性するとなぜ機能が失われるか。
変性とは、タンパク質の立体構造(三次構造)が壊れること。タンパク質の機能は立体構造によって決まるため、構造が壊れると機能も失われます。ペプチド結合(一次構造)は切れません。
タンパク質のはたらきを5つ挙げ、それぞれの具体例を1つずつ答えよ。
①構造材料(コラーゲン)、②触媒(アミラーゼ等の酵素)、③免疫(抗体)、④信号伝達(インスリン等のホルモン)、⑤物質運搬(ヘモグロビン)。他に運動(ミオシン)もある。
この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。
次の文中の空欄( ア )〜( オ )に入る適切な語句を答えよ。
タンパク質は( ア )種類の( イ )が( ウ )結合でつながった高分子である。( イ )の配列順序を( エ )構造という。タンパク質の機能は( オ )構造(立体構造)によって決まる。
ア:20 イ:アミノ酸 ウ:ペプチド エ:一次 オ:三次
「一次構造(アミノ酸配列)→三次構造(立体構造)→機能」の流れを覚えましょう。一次構造がすべてを決める出発点です。
(1) 鎌状赤血球症は、ヘモグロビンβ鎖の6番目のアミノ酸が変化することで起こる。この例が「構造が機能を決める」という原則をどのように示しているか、50字以内で述べよ。
(2) タンパク質を加熱すると機能が失われるが、冷却しても機能は回復しないことが多い。この理由を「変性」「立体構造」の語を用いて40字以内で述べよ。
(1) 1つのアミノ酸の変化(一次構造の変化)がヘモグロビン全体の立体構造を変え、赤血球の形態と機能を変化させたから。(50字)
(2) 加熱で変性した立体構造は冷却しても正しく折りたたまれず、もとの立体構造に戻れないから。(42字)
(1) 鎌状赤血球症は「一次構造→三次構造→機能」の因果関係を最も端的に示す例です。たった1つのアミノ酸の違いがタンパク質の立体構造を変え、赤血球の形態まで変えてしまいます。
(2) タンパク質が正しい立体構造に折りたたまれる過程は精密に制御されており、一度壊れた構造が自発的にもとに戻ることは一般に困難です。ゆで卵が生卵に戻らないのと同じ原理です。
(1) ヒストンH4はほぼすべての真核生物でアミノ酸配列がほとんど変わらない(進化速度が非常に遅い)。一方、フィブリノペプチドは進化速度が非常に速い。この違いを「機能的制約」の語を用いて60字以内で説明せよ。
(2) 同じ種のタンパク質でも、ヒトとチンパンジーではアミノ酸配列がわずかに異なることがある。この違いが、分子時計による分岐年代の推定にどのように利用されるか、40字以内で述べよ。
(1) ヒストンH4は機能的制約が強く、アミノ酸の変化がほとんど許容されないため進化速度が遅い。フィブリノペプチドは機能的制約が弱く、変化が許容されるため速い。(60字)
(2) アミノ酸の違いの数はほぼ一定速度で蓄積するため、その数から分岐年代を推定できる。(40字)
(1) 2-6「分子進化と分子時計」で学んだ内容と直結します。「構造が機能を決める」ので、機能上重要なタンパク質ほどアミノ酸の変化が許容されません(=機能的制約が強い)。フィブリノペプチドは血液凝固後に切り捨てられるため、ほぼどのアミノ酸に変化しても機能に影響しません。
(2) これが分子時計の基本原理です。中立な変異がほぼ一定速度で蓄積するため、2種間のアミノ酸の違いの数は分岐してからの時間に比例します。