第4章 細胞と物質

細胞膜と物質輸送
─ 「門番つきの城壁」を出入りする方法

レタスに塩を振ると水が出てきます。ナメクジに塩をかけると縮みます。
これらは細胞膜を通じた水の移動によるものです。
細胞膜はただの「壁」ではなく、何を通し何を通さないかを巧みに制御する「門番つきの城壁」です。

1細胞膜の構造 ─ 流動モザイクモデル

細胞膜はリン脂質二重層を基本構造としています(4-3参照)。 リン脂質の疎水性尾部が内側に向き合い、親水性頭部が外側を向いた二重の層です。

この二重層にさまざまな膜タンパク質が浮かんでいます。 膜を貫通するもの(膜貫通タンパク質)、膜の表面に付着するもの(表在性タンパク質)があります。 リン脂質もタンパク質も膜の中を流動的に動き回る──この構造を流動モザイクモデル(1972年、シンガーとニコルソン)といいます。

細胞膜は単なる「壁」ではなく、選択的透過性をもつ「賢い門番」です。 小さな非極性分子(O2、CO2など)はリン脂質二重層を直接通過できますが、イオンや大きな分子は膜タンパク質の助けが必要です。

2受動輸送 ─ エネルギーなしで「下り坂」を流れる

受動輸送とは、濃度勾配に従って(濃い側から薄い側へ)物質が移動する輸送です。 坂を転がるボールのように、エネルギー(ATP)を必要としません。

拡散

溶質の分子が濃度の高い側から低い側へ自然に広がる現象を拡散といいます。 O2やCO2などの小さな非極性分子はリン脂質二重層を直接拡散できます。

浸透

半透膜(水は通すが溶質は通さない膜)を介して、水が溶質の濃度の低い側から高い側へ移動する現象を浸透といいます。 半透膜にかかる圧力を浸透圧といいます。

チャネルと輸送体

イオンなどの極性をもつ物質は、リン脂質二重層を直接通過できません。 膜タンパク質のチャネル(イオンが通る「トンネル」)や輸送体(物質と結合して形を変えて通す「回転ドア」)を通って移動します。 これらも濃度勾配に従った移動なので、受動輸送です。

ポイント:受動輸送の3つの形
  • 単純拡散:小さな非極性分子が二重層を直接通過(O2、CO2
  • チャネルによる拡散:イオンが膜タンパク質のトンネルを通過
  • 輸送体による促進拡散:グルコースなどが輸送体に結合して通過
  • いずれも濃度勾配に従う(高→低)。ATPは不要

3能動輸送 ─ エネルギーを使って「上り坂」を登る

能動輸送とは、濃度勾配に逆らって(薄い側から濃い側へ)物質を輸送することです。 坂を押し上げるようなものなので、ATPのエネルギーが必要です。

最も有名な例がナトリウムポンプ(Na+-K+ポンプ)です。 ATPを1分子消費するごとに、Na+を3個細胞外へ、K+を2個細胞内へ運びます。 これにより細胞内はNa+が少なくK+が多い状態が維持されます。 この不均等な分布が、9-2で学んだニューロンの静止電位の原因です。

能動輸送にATPが必要なのか
拡散は濃度が高い → 低い方向に自然に起きる(エントロピー増大)
能動輸送は濃度が低い → 高い方向に物質を運ぶ(エントロピー減少)
自然には起きない「上り坂」の反応を進めるには外部からのエネルギー投入が必要
そのエネルギー源がATP。ポンプタンパク質がATPを分解してエネルギーを得る
受動輸送能動輸送
方向高濃度 → 低濃度低濃度 → 高濃度
ATP不要必要
たとえ坂を転がるボール坂を押し上げるボール
O2の拡散、浸透ナトリウムポンプ

4エンドサイトーシスとエキソサイトーシス ─ 「包んで運ぶ」大型輸送

チャネルや輸送体では運べない大きな物質(タンパク質、細菌など)は、膜で包んで取り込んだり放出したりします。

  • エンドサイトーシス:細胞膜が物質を包み込んで細胞内に取り込む。白血球の食作用(食細胞が細菌を取り込む)がその例
  • エキソサイトーシス:小胞が細胞膜と融合して内容物を細胞外に放出する。ホルモンや神経伝達物質の分泌がその例
発展:浸透圧と細胞の状態 生物

赤血球を低張液(水に近い)に入れると水が浸透して膨張し、やがて破裂します(溶血)。高張液に入れると水が出ていって縮みます。植物細胞の場合、高張液では細胞膜が細胞壁から離れます(原形質分離)。低張液では膨圧が細胞壁に押し返されるため破裂しません。この「動物細胞は破裂するが植物細胞は破裂しない」理由は、植物細胞に細胞壁があるためです。入試頻出のテーマです。

5この章を俯瞰する ─ 膜を通じた物質の出入り

この章と他の章のつながり

他の章へのつながりマップ

  • ニューロン → 9-2「ニューロンと興奮の伝導」:ナトリウムポンプが静止電位を維持し、Na+チャネルの開閉が活動電位を生む。
  • ATP → 5-1「代謝とエネルギー」:能動輸送にはATPが不可欠。細胞のATP消費の大きな割合をナトリウムポンプが占める。
  • 免疫 → 第6章「体内環境の維持」:白血球のエンドサイトーシス(食作用)が免疫の第一線。
  • リン脂質 → 4-3「生体物質と水」:リン脂質の両親媒性が細胞膜の基本構造を決める。

6まとめ

  • 細胞膜はリン脂質二重層膜タンパク質からなる(流動モザイクモデル
  • 細胞膜は選択的透過性をもつ──何を通し何を通さないかを制御する
  • 受動輸送:濃度勾配に従う移動。ATP不要。拡散・浸透・チャネル・促進拡散
  • 能動輸送:濃度勾配に逆らう移動。ATP必要。ナトリウムポンプが代表例
  • エンドサイトーシス(取り込み)とエキソサイトーシス(放出):膜で包んだ大型輸送
  • 動物細胞は低張液で溶血するが、植物細胞は細胞壁があるため破裂しない

7確認テスト

この節で学んだ基本事項を確認しましょう。

Q1

受動輸送と能動輸送の違いを、ATPの要否と物質の移動方向に着目して述べよ。

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解答

受動輸送は濃度勾配に従う方向(高→低)の移動でATPは不要。能動輸送は濃度勾配に逆らう方向(低→高)の移動でATPが必要です。

Q2

ナトリウムポンプのはたらきを簡潔に述べよ。

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解答

ATPのエネルギーを使い、Na⁺を細胞外へ、K⁺を細胞内へ、それぞれ濃度勾配に逆らって輸送するポンプタンパク質。1ATP消費ごとにNa⁺3個を外へ、K⁺2個を中へ運ぶ。

Q3

赤血球を蒸留水に入れると破裂するが、植物細胞を蒸留水に入れても破裂しない。その理由を述べよ。

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解答

植物細胞には丈夫な細胞壁があり、水の浸透で細胞が膨張しても細胞壁が押し返す(膨圧)ため破裂しません。動物細胞(赤血球)は細胞壁がないため、水の流入で膨張し破裂します(溶血)。

8入試問題演習

この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

4-6-1A 基礎知識穴埋め

次の文中の空欄( ア )〜( オ )に入る適切な語句を答えよ。

細胞膜は( ア )二重層に膜タンパク質が浮かんだ構造をしており、これを( イ )モデルという。濃度勾配に従う物質移動を( ウ )、濃度勾配に逆らう移動を( エ )といい、( エ )には( オ )のエネルギーが必要である。

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解答

ア:リン脂質 イ:流動モザイク ウ:受動輸送 エ:能動輸送 オ:ATP

解説

流動モザイクモデルは1972年にシンガーとニコルソンが提唱しました。リン脂質もタンパク質も膜中を流動的に動くことから「流動」、さまざまなタンパク質がモザイク状に分布することから「モザイク」と名付けられました。

B 標準レベル

4-6-2B 標準論述

(1) 赤血球を高張液に入れたときに起きる変化を、「浸透」の語を用いて30字以内で述べよ。

(2) 植物細胞を高張液に入れたときに起きる「原形質分離」とは何か。30字以内で述べよ。

(3) ナトリウムポンプが停止した場合、ニューロンの活動にどのような影響があるか。「静止電位」の語を用いて40字以内で述べよ。

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解答

(1) 浸透により細胞内の水が外へ出て、赤血球が縮む。(23字)

(2) 細胞膜が細胞壁から離れて細胞の内側に縮む現象。(23字)

(3) Na⁺とK⁺の濃度勾配が維持できなくなり、静止電位が消失してニューロンが興奮できなくなる。(43字)

解説

(1) 高張液では外液のほうが溶質濃度が高いため、水は細胞内から細胞外へ浸透します。

(2) 植物細胞では細胞壁は形を保ちますが、細胞膜は内部が縮むため細胞壁から離れます。

(3) ナトリウムポンプは静止電位の維持に不可欠です(9-2参照)。ポンプが停止するとNa⁺が漏れ出し、K⁺が流出し、膜電位が消失します。

採点ポイント((3)の論述・6点満点の場合)
  • Na⁺/K⁺の濃度勾配が維持できなくなることに言及(3点)
  • 静止電位の消失とその影響に言及(3点)

C 発展レベル

4-6-3C 発展実験考察

ある植物の細胞を、さまざまな濃度のスクロース溶液に浸し、原形質分離が起きるかどうかを調べた。

スクロース濃度(M)0.10.20.30.40.5
原形質分離なしなし始まるありあり

(1) この細胞の細胞液の浸透圧は、何Mのスクロース溶液とほぼ等しいと考えられるか。

(2) 0.1Mのスクロース溶液に浸した細胞が原形質分離を起こさない理由を、「膨圧」の語を用いて40字以内で述べよ。

(3) 0.4Mのスクロース溶液で原形質分離を起こした細胞を蒸留水に移すと、何が起きるか予想せよ。

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解答

(1) 約0.3 M

(2) 外液より細胞液の浸透圧が高いため水が流入するが、細胞壁の膨圧が押し返して平衡に達するから。(44字)

(3) 蒸留水は低張液なので水が細胞内に浸透し、原形質分離が解消される(原形質復帰)。

解説

(1) 原形質分離が「始まる」濃度が細胞液の浸透圧にほぼ等しい濃度と考えられます。この濃度を限界原形質分離の濃度といいます。

(2) 低張液(0.1M、0.2M)では水が細胞内に入りますが、細胞壁が膨張を抑えるため(膨圧)、原形質分離は起きず、細胞は適度に膨らんだ状態を保ちます。

(3) 原形質分離は可逆的です。高張液→蒸留水に移すと水が再び浸透して細胞膜が膨らみ、細胞壁に密着する状態に戻ります。