第6章 遺伝情報の発現

DNAの構造
─ 二重らせんモデル

あなたの体を構成するすべての細胞は、同じDNAをもっています。
身長、血液型、酵素のはたらき──これらの情報がすべて、たった4種類の「文字」の並び方に書き込まれているのです。
この情報の「保管庫」であるDNAの構造を見ていきましょう。

1DNAの基本構造 ─ ヌクレオチドという「文字」

DNA(デオキシリボ核酸)は、ヌクレオチドという単位が多数つながった鎖状の高分子です。 1つのヌクレオチドは、以下の3つの部品からできています。

  • リン酸
  • デオキシリボース(五炭糖)
  • 塩基(4種類のうち1つ)

4種類の塩基

DNAの塩基には、アデニン(A)チミン(T)グアニン(G)シトシン(C)の4種類があります。 この4文字の「アルファベット」の並び方(塩基配列)に、遺伝情報が書き込まれています。

たった4種類の文字でも、並び方を変えれば無限に近い情報を書けます。 ちょうどモールス信号が「・」と「−」の2文字だけであらゆるメッセージを伝えられるのと同じです。

ヒトの場合、DNAの塩基配列は約30億塩基対からなり、46本(23対)の染色体に分かれて核の中に収められています。 この全塩基配列のことをゲノムといいます。

DNAと染色体の階層構造

ヒトの全DNAを伸ばすと約2mにもなりますが、これが直径約10μmの核に収まっているのは、DNAが段階的に折りたたまれているためです。

  • DNAはヒストン(8個のヒストンタンパク質の複合体)に巻きつき、ヌクレオソームを形成する
  • ヌクレオソームが連なった構造(ビーズの首飾り状)がさらに折りたたまれてクロマチン繊維(染色質)となる
  • 細胞分裂時には、クロマチン繊維がさらに凝縮して太い棒状の染色体として観察される

間期の核内ではDNAはクロマチン繊維の状態で存在し、転写に必要な部分はほどけた状態(ユークロマチン)になっています。 一方、凝縮した状態(ヘテロクロマチン)では転写が抑制されます。この巻きつき具合の調節が遺伝子発現調節(6-5)にも関わっています。

2遺伝子の本体がDNAであることの証明

DNAが遺伝情報を担う物質であることは、いくつかの重要な実験によって段階的に証明されました。

グリフィスの形質転換実験(1928年)

グリフィスは、肺炎双球菌を用いた実験で、加熱殺菌したS型菌(病原性あり)と生きたR型菌(病原性なし)を混ぜてマウスに注射すると、マウスが肺炎で死亡し、体内から生きたS型菌が見つかることを発見しました。 これは、殺菌したS型菌の中の「何らかの物質」がR型菌に取り込まれ、S型菌に変化させた(形質転換)ことを意味します。 ただし、この時点では形質転換を引き起こす物質の正体はわかっていませんでした。

エイブリーの実験(1944年)

エイブリーらは、S型菌の抽出物をタンパク質分解酵素で処理しても形質転換は起きるが、DNA分解酵素で処理すると形質転換が起きなくなることを示しました。 これにより、形質転換を引き起こす物質、すなわち遺伝子の本体がDNAであることが示されました。

ハーシーとチェイスの実験(1952年)

ハーシーチェイスは、T2ファージ(大腸菌に感染するウイルス)を使い、DNAを32P(放射性リン)で、タンパク質を35S(放射性硫黄)でそれぞれ標識しました。 T2ファージを大腸菌に感染させた後、ミキサーで振り混ぜて遠心分離すると、32P(DNA)は大腸菌内に入っていたのに対し、35S(タンパク質)は大腸菌の外に残っていました。 この結果から、ファージが大腸菌に注入する遺伝物質はDNAであり、遺伝子の本体がDNAであることが決定的に証明されました。

ポイント:遺伝子=DNAの証明実験
  • グリフィス(1928年):加熱殺菌S型菌+生R型菌 → 形質転換の発見
  • エイブリー(1944年):DNA分解酵素で形質転換が起きない → 遺伝子の本体はDNA
  • ハーシーとチェイス(1952年):32P/35Sの標識実験 → DNAが遺伝物質であることを決定的に証明

3二重らせん構造 ─ ワトソンとクリックの発見

1953年、ワトソンクリックは、DNAが二重らせん構造をとることを明らかにしました。 2本のヌクレオチド鎖が、らせん状にねじれながら絡み合った構造です。 ちょうど「ねじれた梯子」をイメージしてください。梯子の2本の柱が糖とリン酸の鎖、横木が塩基対です。

塩基の相補性

2本の鎖は、塩基の部分で水素結合によって結ばれています。 このとき、塩基の組み合わせには厳密なルールがあります。

  • A(アデニン)は必ずT(チミン)と対になる(水素結合2本)
  • G(グアニン)は必ずC(シトシン)と対になる(水素結合3本)

この性質を塩基の相補性といいます。 一方の鎖の塩基配列が決まれば、もう一方の鎖の配列は自動的に決まります。 これがDNAの複製(6-2)の基盤になります。

塩基の相補性がDNAの複製を可能にするのか
AはTと、GはCと必ず対になる(相補性
一方の鎖の配列がわかれば、もう一方の配列が自動的に決まる
2本の鎖をほどき、それぞれを鋳型にして相補的な新しい鎖を合成できる
こうして、もとのDNAとまったく同じ配列の2本のDNAがつくられる(複製)
ポイント:DNAの構造のまとめ
  • DNA = ヌクレオチド(リン酸+デオキシリボース+塩基)の鎖
  • 塩基はA・T・G・Cの4種類
  • 二重らせん構造:2本の鎖が塩基対(A-T、G-C)の水素結合でつながる
  • 相補性:A-T、G-C の対応が決まっている → 一方から他方を復元できる
  • 遺伝情報は塩基配列に書き込まれている
発展:シャルガフの規則を使った計算 生物

DNAではA=T、G=Cが常に成り立ちます(シャルガフの規則)。入試では「ある生物のDNAでAが30%のとき、G は何%か」という問題が頻出です。解法:A=T=30%なのでA+T=60%。残りの40%がG+Cで、G=C=20%。つまりA%がわかれば4つの塩基すべての割合が決まるのです。

4DNAとRNAの違い ─ 「設計図」と「コピー」

DNARNA
デオキシリボースリボース
塩基A, T, G, CA, U, G, C(TがUに)
鎖の数二本鎖一本鎖(通常)
役割遺伝情報の保存遺伝情報の伝達・翻訳
ポイント:DNA vs RNA ── 3つの違い
  • 糖:デオキシリボース(DNA)vs リボース(RNA)
  • 塩基:T(チミン)(DNA)vs U(ウラシル)(RNA)
  • 構造:二本鎖(DNA)vs 一本鎖(RNA、通常)

5この章を俯瞰する ─ DNAから始まるセントラルドグマ

DNAの構造を理解することは、遺伝情報の流れ全体を理解するための第一歩です。 DNA → RNA → タンパク質という情報の流れ(セントラルドグマ)の出発点がここにあります。

この章と他の章のつながり

他の章へのつながりマップ

  • DNA複製 → 6-2:相補性を利用してDNAがどのように正確にコピーされるか。
  • 転写 → 6-3:DNAの塩基配列がmRNAに写し取られる過程。
  • 翻訳 → 6-4:mRNAの塩基配列がアミノ酸配列(タンパク質)に変換される過程。
  • 突然変異 → 2-1「遺伝的変異」:塩基配列の変化(置換・挿入・欠失)が遺伝的変異の源。
  • 分子進化 → 2-6「分子時計」:塩基配列の違いの蓄積で分岐年代を推定する。

6まとめ

  • DNAはヌクレオチド(リン酸+デオキシリボース+塩基)の鎖
  • 塩基はA・T・G・Cの4種類。遺伝情報は塩基配列に存在する
  • ワトソンとクリック(1953年)が二重らせん構造を発見
  • 塩基の相補性:A-T、G-Cが対になる → 複製の基盤
  • シャルガフの規則:A%=T%、G%=C% → 1つの塩基の割合から残りを計算できる
  • DNAとRNAの違い:糖(デオキシリボース vs リボース)、塩基(T vs U)、鎖(二本 vs 一本)
  • 遺伝子=DNAの証明:グリフィス(形質転換)→ エイブリー(DNA分解酵素)→ ハーシーとチェイス32P/35S標識)
  • DNAはヒストンに巻きつきヌクレオソームを形成 → クロマチン繊維 → 分裂時に染色体として凝縮

7確認テスト

この節で学んだ基本事項を確認しましょう。

Q1

DNAを構成するヌクレオチドの3つの構成要素を答えよ。

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解答

リン酸、デオキシリボース(五炭糖)、塩基(A・T・G・Cのいずれか)。

Q2

DNAの塩基の相補性の規則を述べよ。

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解答

アデニン(A)はチミン(T)と、グアニン(G)はシトシン(C)と対になる。A-T間は水素結合2本、G-C間は水素結合3本で結ばれる。

Q3

DNAとRNAの違いを3つ述べよ。

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解答

①糖:DNAはデオキシリボース、RNAはリボース。②塩基:DNAはT(チミン)、RNAはU(ウラシル)。③構造:DNAは二本鎖、RNAは通常一本鎖。

8入試問題演習

この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

6-1-1A 基礎計算

ある生物のDNAにおいて、アデニン(A)が全塩基の28%を占めていた。チミン(T)、グアニン(G)、シトシン(C)の割合をそれぞれ求めよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

T = 28%、G = 22%、C = 22%

解説

シャルガフの規則より A = T = 28%。A + T = 56%なので、G + C = 100% − 56% = 44%。G = C = 22%。

B 標準レベル

6-1-2B 標準論述

(1) DNAの二重らせんモデルを提唱した2人の科学者の名前を答えよ。

(2) 塩基の相補性がDNAの複製にとって重要である理由を、50字以内で述べよ。

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解答

(1) ワトソンとクリック(1953年)

(2) 一方の鎖を鋳型にして相補的な塩基をもつ新しい鎖を合成することで、もとと同じ配列のDNAを正確に複製できるから。(50字)

解説

(2) 相補性があるからこそ、2本の鎖をほどいてそれぞれを鋳型にすれば、もとのDNAと同一の2分子のDNAがつくれます。これが半保存的複製(6-2)の基盤です。

採点ポイント((2)の論述・6点満点の場合)
  • 一方の鎖を鋳型にすることに言及(2点)
  • 相補的な塩基をもつ新しい鎖を合成することに言及(2点)
  • もとと同じDNAが複製されることに言及(2点)