第6章 遺伝情報の発現

DNAの複製
─ 半保存的複製のしくみ

あなたの体の約37兆個の細胞は、すべて1個の受精卵から細胞分裂を繰り返して生まれました。
分裂のたびにDNAは正確にコピーされ、同じ遺伝情報が引き継がれています。
この精巧な「コピー機」のしくみを見ていきましょう。

1半保存的複製 ─ 「片方を残してもう片方をつくる」

DNAの複製では、二重らせんの2本の鎖がほどかれ、それぞれの鎖を鋳型(いがた)にして、相補的な新しい鎖が合成されます。 その結果、できあがった2本のDNAは、いずれももとの鎖1本+新しい鎖1本の組み合わせです。

もとの鎖が「半分だけ保存」されるため、この複製方式を半保存的複製といいます。

メセルソンとスタールの実験(1958年)

半保存的複製を実験的に証明したのがメセルソンとスタールです。 重い窒素(15N)で標識したDNAをもつ大腸菌を、軽い窒素(14N)の培地に移して分裂させ、密度勾配遠心分離でDNAの密度を調べました。

  • 1回分裂後:すべてのDNAが中間の密度 → 15N鎖と14N鎖が1本ずつ(半保存的複製と一致)
  • 2回分裂後:軽いDNA(14N+14N)と中間のDNA(15N+14N)が1:1 → 半保存的複製の予測と完全に一致
ポイント:半保存的複製のしくみ
  • 二重らせんをほどく → 各鎖を鋳型にして相補的な新しい鎖を合成
  • 結果:もとの鎖1本+新しい鎖1本のDNA × 2本
  • 相補性(A-T、G-C)により、もとのDNAとまったく同じ配列が複製される
  • メセルソンとスタールが15N/14Nの密度差を利用して実証(1958年)

2DNAの複製のしくみ ─ 「コピー機」の中身

複製に関わる酵素

  • ヘリカーゼ:二重らせんをほどく「ジッパー開け」の酵素
  • DNAポリメラーゼ:鋳型鎖に相補的なヌクレオチドをつなげて新しい鎖を合成する「書き写し屋」
  • DNAリガーゼ:断片をつなぎ合わせる「のりづけ屋」

複製起点

DNAの複製は、複製起点と呼ばれる特定の塩基配列から始まります。 原核生物(大腸菌など)の環状DNAには複製起点が1か所しかありませんが、真核生物のDNAには複数の複製起点があり、多くの場所から同時に複製が進みます。 これにより、長大なDNA(ヒトでは約30億塩基対)でも限られた時間内に複製を完了できるのです。

プライマー(RNAプライマー)

DNAポリメラーゼには「何もないところから新しい鎖を始められない」という性質があります。 そのため、複製の開始時にはプライマーゼという酵素が短いRNA断片(RNAプライマー)を合成し、これを「足がかり」にしてDNAポリメラーゼがヌクレオチドをつなげていきます。 プライマーはあとでDNAに置き換えられ、DNAリガーゼでつなぎ合わされます。

複製の流れ

  1. ヘリカーゼが水素結合を切って二重らせんをほどく
  2. プライマーゼがRNAプライマーを合成する
  3. DNAポリメラーゼが、ほどかれた各鎖を鋳型にして相補的なヌクレオチドを結合させ、新しい鎖をつくる
  4. 2本の新しい二重らせんDNAが完成。各DNAはもとの鎖1本+新しい鎖1本
DNAの複製が正確に行われるのか
相補性:A-T、G-Cの対応が厳密に守られ、鋳型と同じ配列が再現される
DNAポリメラーゼの校正機能:間違ったヌクレオチドを取り込んだ場合、すぐに除去して正しいものに置き換える
さらにミスマッチ修復などの修復機構が、複製後に残ったエラーを修正する
これらの多重チェックにより、複製の誤り率は10⁻⁹〜10⁻¹⁰(10億〜100億塩基に1回)に抑えられる
発展:複製の方向性とリーディング鎖・ラギング鎖 生物

DNAポリメラーゼは5'→3'方向にしかヌクレオチドを結合できません。二重らせんの2本の鎖は逆向き(逆平行)なので、一方の鎖(リーディング鎖)は連続的に合成できますが、もう一方(ラギング鎖)は短い断片(岡崎フラグメント)として不連続に合成され、DNAリガーゼでつなぎ合わされます。この非対称性は入試で頻出です。

発展:テロメアと複製末端問題 生物

真核生物の線状DNAの両端には、テロメアと呼ばれる繰り返し配列(ヒトではTTAGGGの反復)があります。DNAポリメラーゼはラギング鎖の末端を完全には複製できないため、複製のたびにテロメアが少しずつ短くなります(末端複製問題)。これが細胞の分裂回数に限界がある(ヘイフリック限界)原因の一つです。生殖細胞やがん細胞ではテロメラーゼという酵素がはたらき、テロメアを伸長することで分裂回数の制限を回避しています。

3細胞周期とDNA複製 ─ いつ複製されるか

DNAの複製は細胞周期のなかのS期(DNA合成期)に行われます。 細胞周期はG1期→S期→G2期→M期(分裂期)の順に進み、G1・S・G2を合わせて間期と呼びます。

時期何が起きるか
G1細胞の成長。DNA複製の準備
S期DNAの複製。DNA量が2倍になる
G2分裂の準備。タンパク質の合成
M期細胞分裂。複製されたDNAが2つの細胞に分配される
ポイント:DNA量の変化
  • G1期:DNA量 = 2n(基本量)
  • S期終了後(G2期):DNA量 = 4n(2倍に複製された)
  • M期(分裂後):DNA量 = 2n(各娘細胞に等分配)

4この章を俯瞰する ─ 複製から転写・翻訳へ

この章と他の章のつながり

他の章へのつながりマップ

  • 転写 → 6-3:複製されたDNAの情報がmRNAに写し取られる。
  • 突然変異 → 2-1:DNA複製時のコピーミスが突然変異の主因。
  • 細胞分裂 → 7-1:減数分裂でもS期にDNAが複製され、その後2回の分裂で配偶子に分配される。
  • PCR → 8-1「バイオテクノロジー」:PCR法はDNA複製の原理を人工的に利用した技術。

5まとめ

  • DNAは半保存的複製で増える:もとの鎖1本+新しい鎖1本
  • メセルソンとスタールの実験(15N/14N)で実証(1958年)
  • 複製の酵素:ヘリカーゼ(ほどく)、プライマーゼ(RNAプライマー合成)、DNAポリメラーゼ(合成)、DNAリガーゼ(つなぐ)
  • 複製起点:原核生物は1か所、真核生物は複数。RNAプライマーがDNA合成の開始に必要
  • DNAポリメラーゼの校正機能が複製の正確さを保証する
  • テロメア:染色体末端の繰り返し配列。複製のたびに短くなる。テロメラーゼが伸長する
  • DNA複製は細胞周期のS期に行われ、M期に2つの細胞に分配される
  • DNA量:G1期 2n → S期後 4n → 分裂後 2n

6確認テスト

この節で学んだ基本事項を確認しましょう。

Q1

「半保存的複製」とは何か。簡潔に述べよ。

▶ クリックして解答を表示
解答

DNAの二重らせんをほどき、各鎖を鋳型にして相補的な新しい鎖を合成する複製方式。結果として、できあがるDNAはもとの鎖1本と新しい鎖1本の組み合わせとなる。

Q2

DNA複製に関わる3つのおもな酵素の名前とはたらきを答えよ。

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解答

①ヘリカーゼ(二重らせんをほどく)、②DNAポリメラーゼ(鋳型鎖に相補的な新しい鎖を合成する)、③DNAリガーゼ(断片をつなぎ合わせる)。

Q3

DNAの複製は細胞周期のどの時期に行われるか。

▶ クリックして解答を表示
解答

S期(DNA合成期)。間期(G₁期→S期→G₂期)のうちのS期にDNAが複製され、M期(分裂期)に2つの細胞に分配される。

7入試問題演習

この節で学んだ内容を、入試形式の問題で確認しましょう。

A 基礎レベル

6-2-1A 基礎知識穴埋め

次の文中の空欄( ア )〜( オ )に入る適切な語句を答えよ。

DNAの複製では、もとの2本鎖がほどかれ、各鎖を( ア )にして相補的な新しい鎖が合成される。この方式を( イ )という。( イ )を実験的に証明したのは( ウ )と( エ )である。DNAの複製は細胞周期の( オ )期に行われる。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

ア:鋳型 イ:半保存的複製 ウ:メセルソン エ:スタール オ:S

解説

メセルソンとスタールは1958年に¹⁵N/¹⁴Nを使った密度勾配遠心分離実験でDNAの半保存的複製を証明しました。

B 標準レベル

6-2-2B 標準計算

¹⁵Nで完全に標識されたDNA(重いDNA)を¹⁴Nの培地に移して3回分裂させた。

(1) 3回分裂後のDNA分子の総数は何本か。

(2) そのうち、¹⁵Nを含むDNA(中間の密度のDNA)は何本か。

(3) ¹⁵Nをまったく含まないDNA(軽いDNA)は何本か。

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解答

(1) 23 = 8本

(2) 2本(もとの¹⁵N鎖は2本あり、それぞれが新しい¹⁴N鎖と対になったDNAとして残る)

(3) 8 − 2 = 6本

解説

半保存的複製では、もとの2本の¹⁵N鎖は何回分裂しても消えず、常に¹⁴N鎖と対になった中間密度のDNAとして2本残り続けます。残りはすべて¹⁴N鎖のみで構成される軽いDNAです。n回分裂後のDNA総数は2ⁿ本、¹⁵Nを含むDNAは常に2本、軽いDNAは2ⁿ − 2本です。

C 発展レベル

6-2-3C 発展論述

(1) メセルソンとスタールの実験で、1回分裂後にすべてのDNAが中間の密度を示したことは、「保存的複製」と「分散的複製」のどちらを否定する根拠になるか。理由とともに40字以内で述べよ。

(2) DNAポリメラーゼの校正機能がなかったとしたら、生物にどのような影響があるか。「突然変異」の語を用いて40字以内で述べよ。

▶ クリックして解答・解説を表示
解答

(1) 保存的複製を否定する。保存的複製なら重いDNAと軽いDNAの2種類が現れるはずだから。(40字)

(2) 突然変異の頻度が大幅に増加し、有害な変異が蓄積して生物の生存に支障が出る。(37字)

解説

(1) 保存的複製では、もとの¹⁵N-¹⁵N DNAがそのまま残り、新しい¹⁴N-¹⁴N DNAが別に合成されます。1回分裂後に重い(¹⁵N-¹⁵N)と軽い(¹⁴N-¹⁴N)の2種類が1:1で現れるはずですが、実験結果はすべて中間密度でした。これは保存的複製と矛盾します。

(2) DNAポリメラーゼの校正機能は複製の誤り率を約1000分の1に下げています。この機能がないと、世代ごとに大量の突然変異が蓄積し、タンパク質の機能不全が起きます。

採点ポイント((1)の論述・4点満点の場合)
  • 保存的複製を否定することを明示(2点)
  • 保存的複製なら2種類の密度が現れるはずという根拠(2点)